■2022年9月 予祝

 節目となる祈祷の最後に、私たち正教徒は「幾年も」を欠かさずに唱和してまいりました。

1889年の冬、亜使徒聖ニコライは次のように書き記しています。「2月11日に憲法が下賜されるという勅令がでた…(当日)には、日本の安寧を祈り聖体礼儀と感謝祈祷を執り行なおう。この日のためにさらに「ムノゴレティエ」を日本語に訳しておかねばならなかった…(日本人司祭が)翻訳をしてほしいといってきた。「千代八千代」という訳も提案するのだが、このような表現は世俗の賛歌にはいいかもしれないが、教会では場違いだ。ここでは真心からの言葉でなくてはならない。天皇ご自身お喜びになるようなもので、天皇が千年も長生きしますように、神に頼むということでなくてはならない。かくして、「ムノガヤレータ」は「幾歳も」と訳すことにした。これを提案したのはパウェル中井である…11日に教会で初めてお披露目をすることにしたが、神よ、広く使ってもらえますように」(ニコライ『宣教師ニコライの全日記2―1881年~1891年8月』中村健之介監修, 長縄光男・高橋健一郎訳, 教文館, 2007, pp.247-248)。

これが「幾歳も」と日本語に訳された経緯ですが、語感や誇張の度合いを無視すれば、本質的には別候補の「千代八千代」と大差ありません。平安時代、『古今和歌集』に入集した詠み人知らずの「君が代」。「君が代は千代に八千代に、さざれ石の巌となりて苔のむすまで(あなたの寿命は永く永く続いてほしいことよ。あのさざれ石が巌となって苔が生えるくらいまで)」。中世歌謡研究者の解説によると、この歌の主題は長寿で、本来は相手に歌いかけることによって、その人の長寿を祈り、寿ぐものでした。「君」は恋人であり、親であり、友人であり、主君であり、また周囲のすべての人に向けられた二人称です。言霊と呼ばれる言葉の力を信じる気持ちを持っていた古代の日本人は長寿を願い、予め祝う気持ちを声に出して歌うことで、実際の長寿を引き寄せることができると考えました。

「さざれ石」が成長しても「巌」となることありません…すなわち、絶対に廻って来ない時間を待つ歌を歌うことによって、永遠の時間を表現し…言霊の力によって、相手が本当に長寿を保てるように願うと同時に、自分自身も長寿にあやかろうとしたのです…今日の国歌「君が代」は明治13年(1880)に、この歌詞に新たな曲が付けられて歌われるようになりました…古代から日本人が大切にしてきた言葉の力を信じる気持ち、また相手に敬意を払い、深く思いやる気持ちは、この歌詞によって伝えられ続けています…この歌は一部の人たちが主張するような天皇制賛美の歌などではけっしてなく…祝言性の強い歌を冒頭に歌うのは我が国の芸能の伝統で…日本人の心のあり方を示すものなのです(小野恭靖『室町小歌―戦国人の青春のメロディー』笠間書院, 2019, pp.60-63参照)。

もうお分かりいただけましたでしょうか。「幾歳も」にも同様の願いが込められているのです。特定の誰かのための捧げられたお祈りに思われても、実はそこに集うすべての人々に向けられています。だからこそ、「今此處に立ちて祈る爾の諸僕婢に、萬福にして平安なる生命、康健と救贖、萬事に於ける善き進步を與え、及び彼等を幾年にも守り給え」と前置きがなされるのです。

第13主日の福音箇所は「葡萄園と農夫の譬え」でした。農夫たるユダヤ人が葡萄園から追い出した神の子ハリストスは、後に旧約の預言通り教会の礎となられます。けれども、元来は神様と共に歩んでいたはずの人々でさえ、とうとう神言葉の存在を信じるには至りませんでした。そこで、「ハリストス死より復活し、死を以て死を滅し、墓に在る者に生命を賜えり。我等にも永遠の生命を賜えり、主の三日目の復活を拜む」ことを教えられたのです。同日の使徒経、そして「幾歳も」と近い意味合いの「萬民をも」は、いずれも次のように締め括られています。「願わくは我等の主イイスス・ハリストスの恩寵は爾等と偕に在らんことを(コリンフ前16:23)」。ゆえに、私たちが「幾歳も」を歌う時もまた、「口を一にし心を一にして…今も何時も世世に」「喜ぶ人と共に喜び(ロマ12:15)」ましょう。

(伝教者 ソロモン 川島 大)

■2022年8月 研鑽

 「わたしたちは与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っている…奉仕であれば奉仕をし、また教える者であれば教え、勧めをする者であれば勧め、寄附する者は惜しみなく寄附し、指導する者は熱心に指導し、慈善をする者は快く慈善をすべきである(ロマ12:6-8)」。

 全知全能の神様は一人ひとりの振る舞いを把握なさっています。従って、教会に通わなくとも、信徒にならなくとも、善人が天国に迎え入れられる妨げとはなりません。それでは、なぜ私たちは日頃から祈祷に集うのでしょうか。誤解を恐れずに言えば、教会は神様の御国を知るための学校。通うも通わぬも本人の意志に委ねられています。とはいえ、この学び舎に通わずして判断基準を自分自身に置く者は、「誘惑の猛風にて浪の立ち揚がる世の海(カノン第六調、第六歌頌イルモス)」を上手に立ち回れはしないでしょう。ゆえに、天国への進路を希望する者の多くは、体験入学に当たる啓蒙期間を経て受洗へと至ります。ただし、この節目は決してゴールではありません。洗礼式は言わば入学試験であり、これをパスすることで晴れて在校生と認められるに過ぎないのです。

 次に、洗礼を受けた私たちは、何を目標として、どのように歩むべきなのか。当然ながら、目標とすべきものは「来世の生命」の獲得ですが、平穏無事に歩んでいれば「生命の終が「ハリスティアニン」に適う」ことは間違いありません。けれども、それは極めて難しいミッションです。なぜなら、人々の集まりであるこのキャンパスにも、様々な誘惑や葛藤が生じるから。「宴楽と泥酔、淫乱と好色、争いとねたみ(ロマ13:13)」をはじめ、こうした類は枚挙にいとまがありません。修道院という寮での生活を営む修道者や、講習を受けて信徒を教え導く立場にある聖職者もまた、私たちと変わらぬ喜怒哀楽を伴った不完全な人間です。だからこそ、聖使徒パウェルは皆に提唱しています。

 「兄弟の愛をもって互にいつくしみ、進んで互に尊敬し合いなさい…望みをいだいて喜び、患難に耐え、常に祈りなさい…喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい…だれに対しても悪をもって悪に報いず、すべての人に対して善を図りなさい(同上12:10-17)」。

 本日の福音では、これを象徴するかのようなエピソードが読まれました。すなわち、ハリストスのところへ担ぎ込まれた中風患者が神様の力によって癒される、という出来事です。この中風患者がどのような経緯で寝たきり状態になったのか、聖書は触れていないものの、ある注解書は性に関する何らかの罪による結果、と推測します。自らを大罪人であると恥じる彼は、周囲の人々に担がれて主の御前へと連れ出されました。とはいえ、彼らは中風患者を断罪しようとしたのではありません。仲間を救おうとする人々の謙遜な信仰を見抜かれたからこそ、主は中風患者に対し「子よ、元気を出しなさい。あなたの罪は赦される(マトフェイ9:1)」と呼び掛けられたのです。そればかりか、「起き上がって床を担ぎ、家に帰りなさい(同上9:6)」と命じられたことで、奇跡を目の当たりにした人々をも信仰へとお導きになりました。

 「あなたがたは、主イイスス・ハリストスを着なさい(ロマ13:14)」。この言葉などを基に、受洗を果たした信徒には目に見えぬ恩寵だけでなく、目に見える洗礼着が与えられます。けれども、最初に「これがゴールではない」とお伝えした理由は、可能であれば埋葬の際にも棺へと納められる特別な衣装だから。すなわち、入学の印であると同時に卒業の証し(言い換えれば天国への合格通知)でもあるのです。「イイススは舟に乗って湖を渡り、自分の町に帰って来られた(マトフェイ9:1)」ように、私たちは引き続きノアの箱舟であるこの教室に通い、クラスメートと共に切磋琢磨しながら「穩なる港」を目指し、自分にしか出来ぬ善行としての研鑽を積んでまいりましょう。

(伝教者 ソロモン 川島 大)

■2022年7月 醸成

 「主よ、荒地の如く實を結ばざる異邦の教會は、爾の來るに因りて、百合の如く華さけり、我が心は此に緣りて固められたり(第二調 主日の早課、カノン第三歌頌のイルモス)」。

 府内最大級のツバキ園を擁する舞鶴自然文化園に出掛けた時のことです。「ツバキQ&Aコーナー」と題した展示の中に、気になる回答を発見しました。質問者曰く「庭植えにして5年以上経っているが、ぜんぜん花が咲かない」とのこと。これに対し施設側は次のように考察しています。「(品種により極端に花付きの悪いものもありますが)ツバキにとって居心地の良い環境なのだと思います。大半の植物は、死の危機を感じないと子孫を残す必要がないため、花芽を作ろうとしません」。それでは、どうすれば良いのでしょうか。驚くべきことに、①肥料や夏場の水やりを控える、②幹から少し離れた部分にスコップ等を突き立てる、③軽く根を切断する、荒療治を勧めているのです。

 同様の示唆に富むネット記事「世界最長寿の樹木発見?樹齢には謎がいっぱい(Yahoo!ニュース2022/6/9)」も紹介します。「一般に幹が太ければ長生きしたと思いがちだし、太くなれたのは気候や土質などが樹木の生長に向いているところ、と思ってしまう。だが現実は反対だ。生長に適した土地に生えた木は、早く太くなるので寿命はそんなに長くない。むしろ逆境に育つと生長が遅い分だけ年輪が詰み強度が増す。すると折れにくく風害にも強くなるから長生きしやすい」そうです。

 こうした特徴は、我々人間にも共通する事柄のように思われます。逆境や困難は私たちを揺るがす動機ですが、努力して乗り越えるならばその人の信 仰は花が咲き実を付け、確かなものとなるでしょう。昨今の社会環境を取り巻く「正しさ」は、そのほとんどに様々な利権が絡んでいたり、あるいは狭いものの見方の押し付け合いに過ぎなかったりします。ハリストスがこの世で人々と直に接しておられた時代から、私たちの先祖たちも大なり小なりそうした葛藤で悩み苦しんできたはずです。だからこそ、主は「まず神の国と神の義とを求めなさい(マトフェイ6:33)」と仰いました。この価値観はいかなる時代においても不変の概念であり、物事の本質を端的に言い表しています。

 ここまで話して、譬えの前半部分が皆さんにもお分かりいただけたのではないでしょうか。「だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない(同上6:30)」。すなわち、天国とこの世の「正しさ」は必ずしも一致しないのです。よって、自らが知り得る限りの情報のみを頼りに、あらゆる事象に善悪の判断を下すことは極力避けねばなりません。

 「何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようか(同上6:31)」。最も小さい悩みの種は次第にエスカレートし、やがて大きな不満へと繋がります。けれども、「患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出し…そして、希望は失望に終ること(ロマ5:4-5)」はありません。これが、ハリストスの伝えたかった「目はからだのあかりである。だから、あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいだろう(マトフェイ6:21)」という御言葉の真相と理解できます。

 神様は私たちに必要なあらゆる物事をご存知であり(同上6:33)、「時に随いて(食前の祝文)」賜ってくださるお方であることを忘れてはなりません。「まくことも、刈ることも…倉に取りいれることもしない…空の鳥(同上6:26)」、「働きもせず、紡ぎもしない…野の百合(同上6:28)」、「明日にでも炉に投げ込まれるような野の草(同上6:30)」でさえ、「天に在す我等の父」は放っておかれないのです。ならば、それ以上に良くしていただけるはずの私たちは、なおさら神様の憐れみを願って苦難をも希望に変え、信仰を醸成させながらそれぞれの花を咲かせ、実を結びましょう。

(伝教者 ソロモン 川島 大)

■2022年6月 右側

 「光榮の中に我等を離れて天に升り、?・父の右に坐し給いしハリストス我等の眞の?」は仰いました。「わたしの右と左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。それは、わたしの父によって定められた人々に許される(マトフェイ20:23)」。ところが、「信仰の創始者また完成者である…イイススは、御自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、(第三日に聖書に應いて復活し、天に升り、)神の玉座の右にお座りになったのです(エウレイ12:2)」。

 とりわけ、主は自らの昇天に際して「母及び門徒等、爾と共に…來りし?に??せん爲に手を擧げ、而して彼等に??する時、光の雲は俄に爾を彼等の目より取れり、其時爾(天の雲に乘り、地に在る者に平安を遺して)光榮の中に升り、父の右に坐して(我等を己と偕に父の右に坐せしめ)、實に彼と偕に伏拜せらるる?と顯れ」ました。すなわち、神子イイスス・ハリストスが私たちの持つ人間性を伴って神父の右側に座られたこと、にこそ「主の昇天」の意義があります。

 また、日本正教会で多く用いられる十字架は「八端十字架」です。追加された短い横棒は主の罪状書きですが、斜めの棒には次のような意味が込められています。主が甘んじて十字架刑に処せられた時、「イイススと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられ(マトフェイ27:38)」ました。祈祷書は聖書中のこの出来事を簡潔にまとめます。「爾の十字架は二人の盗賊の間に在りて義の權衡と爲れり、一人は謗の重きを以て地獄に降され、一人は罪を釋かれ輕くせられて、?學の智識に昇せられて、ハリストス?よ、光榮は爾に歸すと讃揚するを悟れり」。つまり、主の十字架は受難や死に止まらず、復活への希望をも私たちに示唆する象徴なのです。

 ただし、これらで言われる左右とは、十字架上の主からご覧になられた方向。分かり易い例を挙げれば、京都市がまさに同じです。政令指定都市である現在の京都市には、全部で11個の行政区が存在します。地元の方にとっては周知の事実でしょうが、右京区、左京区の位置関係は必ずしも地図上の左右と一致しません。なぜなら、それは天皇陛下が在所(平安京・大内裏)からご覧になられた方角だからです。現在の京都御所・紫宸殿においても、正面右手には「左近の桜」、左手には「右近の橘」が植えられています。(https://plus.kyoto.travel/entry/heiankyo

 「イイススよ、爾光榮を以て天使の軍と偕に來りて、審判の寶座に坐せん時、我を離れしむる毋れ、爾は右の路を知る、左の路は曲れる路なり。善き牧?よ、我罪にて荒れたる?を山羊と偕に亡す毋れ、乃(我が多罪を問わずして)我を右の羊に合せて救い給え、爾は人を愛する主なればなり」。こうして私たちは、「主よ、我等に左の者の答を逃れしめて、爾の右に立つを得しめ給え」と祈りを捧げるわけですが、道標なくしてこれが非常に困難な旅路であることを疑う余地はありません。

 本日、昇天祭期に祝われている「諸聖神父の主日」は、第一全地公会(イイススが神であることを否定する人々を反駁すべく信経の基礎を定めたニケヤにおける325年の会議)に集った主教品たちを記憶します。ハリストスおよび使徒の後継者である彼らは、言わば私たちの先達・ツアーガイド。ゆえに、「使徒等よ、ハリストスと偕に人人を審判せん爲に坐する時、我多くの罪に因りて定罪せらるべき者が右に立つに與る者と爲らんことを祈り給え」と執り成しを依頼しましょう。そうすれば、神父は間もなく「父及び子と共に拜まれ讚めらる」神聖神を遣わし、「我等は肉體に受くる傷に易えては復活の時に光潔なる衣を受け、耻辱に易えては榮冠、獄の桎梏に易えては樂園、罪犯者と偕にする定罪に易えては天使等と偕に居ることを受ける」恩寵が与えられるはずです。

(伝教者 ソロモン 川島 大)

■2022年5月 遅刻

 階梯者イオアンは教えます―開始時刻が迫っていることを知りながら祈祷へと急がず、何かしら自らの用事を行い続ける者は悪魔の誘惑に駆られている。時間を過ぎてしまえば、きっと疲労を言い訳にしてこれを行わない。あるいは、祈祷の場に立ったところで集中力を欠き、手短に終えようとするであろう。なぜなら、神様と向き合う貴重な時間を私たちから奪おうとするのが、彼らの目的だからである―教役者として実に耳の痛い教訓ですが、フォマのような事例も知られます。

 ハリストスの弟子でありながら、復活なさった主の姿を不運にも見そびれたフォマは、悔しさのあまり次のように言い放ちました。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をその脇腹に入れなければ、私は決して信じない」。慈悲深きハリストスはそれをお許しになりましたが、そもそもフォマはなぜ他の使徒たちに後れを取ってしまったのでしょうか。

 復活祭期の祈祷書『五旬経』は記します。「其時フォマは、神の攝理に由りて、彼等と偕に在らざりき」。すなわち、「フォマは爾(ハリストス)の復活を徒に疑いしにあらずして、墜されざりき、乃萬民の爲に之を疑なき者として顯さんと欲せり、故に不信に因りて信ぜしめて、衆に言わんことを教えたり」。つまり、フォマの不在は決して不運などではなく、神様のお導きによって私たちに主の復活を明示する、という栄えある働きを担うためであったのです。

 金口イオアンは復活祭の説教において、マトフェイ伝を基に神様の寛大さを述べ伝えます。「誰か唯第十一時にのみ至りしならば、其遲わりたるを畏るべからず、蓋主宰は寬大にして、末の者を第一の者の如くに接け、第十一時に來りし者を第一時より工作せし者の如くに息わしむ。後の者をも恤み、先の者をも慮る、彼にも予え、此にも賜う。行をも受け、志をも嘉す」と。

 また、復活祭に用いる「黄泉降り」のイコンに目を向けると、そこには名だたる聖人ばかりでなく、アダムやエワをはじめとする罪深いエピソードを残した人物も同時に描かれていることが分かります。つまり、神様は誰一人として見棄てられることはなく、一時的に背いたとしても立ち返ろうと努める者はみな天国へと導いてくださるのです。ゆえに、今この「祭の祭、祝の祝」に集う私たちは、自らが、そして仲間がどのような大斎を過ごしたのか、思い煩う必要はありません。「皆互に恕し(パスハの讃頌)」かつ「互に相抱く(同上)」気持ちを忘れることなく、主の復活(ひいては私たちの復活の先取り)を喜ぶべきであり、これこそが神様の御旨に適う行いです。

 とはいえ、日頃はぜひとも階梯者イオアンの教訓にも耳を傾けましょう。私たちは集会が行われない時、あるいは外せない予定があって出席できない時には、せめて主の復活なさった日曜日を心に留め、讃美の祈りを捧げようではありませんか。聖イオアンは次のようにも語っています。「あなたが何かしら祈祷の言葉に感動した時、守護天使はあなたと共に神様への祈祷を捧げているであろう」。短い言葉であっても構いません。フォマは主の復活に接した感動を「我が主よ、我が神よ、光栄は爾に帰す」と表現しました。「主を讃め揚げよ、蓋我等の神に歌うは善なり、蓋是れ樂しき事なり」。私たちの側から神様の御許へと歩み寄ることで、復活は現実のものとなるでしょう。

(伝教者 ソロモン 川島 大)

■2022年4月 杖柱

大斎第四主日(2022年4月3日)

 「転ばぬ先の杖」。これは、「失敗しないように、万が一に備えてあらかじめ十分な準備をしておくこと」のたとえですが、大斎第四主日に記憶される階梯者聖イオアンは次のように教えます。

祈祷の杖を常に携える者は躓きづらく、仮に躓くことがあっても完全に倒れはしない。
なぜなら、祈祷は神様を信じて敬う者への励ましだからである。

 ここで、聖師父の注解を読んでみます。「常に祈祷の杖を携え、これに自分自身を委ねる者の霊魂は躓きづらい。もし、躓いて何らかの罪に陥ろうとも完全には倒れず、また力尽きた末の死にも至らないであろう。なぜなら、祈祷は直ちに彼を支えて直立させるからである。祈祷は神様の御前において悔改める者に対し、憐れみを垂れるように促すための方法であって、偉大にして甘美なる愛すべきもの。神様は慈悲深き父として、迷える子に手を広げながら走り寄って喜んで迎え、表現し難いほどの慰めや楽しみへと彼を導き入れ、自らの懐に安息させてくださることであろう」。

 私たちは「今節制の半を過ぎ、爾(ハリストス)の生命を施す十字架に伏拜」します。それではなぜ、このような機会が大斎の折り返し地点に設けられているのでしょうか。祈祷書を参照すると、「復活の前期」十字架叩拝の主日にはパスハのカノンを歌うように指示されています。また、「斯の聖にして光明なる週間は最尊き十字架を世界の前に置く」とも書かれており、主の十字架が受難と死の象徴であるのみならず、その先の復活と表裏一体であることの預象と言えましょう。

 この日、聖堂では「主宰よ、我等爾の十字架に伏拜し、爾の聖なる復活を讃榮す」と何度も歌われます。これを詳細に捉えると、「舊き人」が「其行…を脱ぎ」ハリストスと「共に十字架に釘せられ」るのは、私たちが「罪の身(を)滅され」「新なる人」として「復活にも與る者とならん爲」。だからこそ、地の者は「畏と信とを以て來りて」、「天の者…と偕に」ハリストスの十字架および「三日目の復活の光」に伏拝し、「靈と體とを聖に」すなわち「生命の華を發いて」いただくのです。

 かつてモイセイが手にした「海を截り分つ杖」は「神聖なる十字架の兆」でした。階梯者聖イオアン本人は謙遜にも「祈祷」そのものが杖であると述べますが、後の人々は聖人の働きこそ「定理の杖」によって異端を斥け、「神聖なる杖を以て…牧群を堅めた」と評しています。私たちもまた、より具体的な「転ばぬ先の杖」として十字架を携えるならば、同様に「大なる事」を成し遂げられるはずです。「此を以て信に由りて溺るるなく生命の穏ならざる水を渉り、罪の凡の流を免れて、神聖なる平穏に滿てられる」に違いありません。「見よ、救の舟は十字架の帆に進められて、齋の半を過ぎたり。メッシヤ イイスス神よ、此を以て我等を爾の苦の港に送り給え」。私たちは「今日斎の中節に於て」跪いている際も、「目を天に挙げて」主の復活を待ち望むだけでなく、実際にハリストスと共に立ち上がり、残された大斎期間ひいては自らの生涯を歩んでまいりましょう。

(伝教者 ソロモン 川島 大)

■2022年3月 痛悔

 大斎準備週間第二主日は「蕩子の主日」と呼ばれ、放蕩息子の譬えが福音で読まれます。皆さんは、学校の授業を通して、次のような句を教わったのではないでしょうか。「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥」。これは、戦国三大武将の一人・徳川家康の忍耐強い性格から生まれた諺です。私たちの知る憐み深い神様もまた、表現するならば「鳴くまで待つ」タイプと言えましょう。

 放蕩息子の譬えをおさらいすると、父親、長男、次男の計3人が主要人物として登場します。ある日、年頃を迎えた次男が催促したため、父は自らの財産を兄弟に分け与えました。長男はその場に留まって父に仕えることを選びましたが、一方の次男は全てをお金に換えて遠い国へと旅立ちます。けれども、次男はたちまち「放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣い1」してしまいました。

 その様子をご覧になった神様は、彼に試練を課されます。飢饉を起こし、無一文になった次男の生活を苦しめられました。幸か不幸か、過酷な労働と引き換えに、身を寄せることには成功します。とはいえ、家畜の世話を命じられながら、そのエサですら分けてはもらえませんでした。「わたしはここで飢え死にしそうだ2」。彼は「自分の命ももはやこれまでか」と覚悟したはずです。もちろん、全能の神様にとっては、旧約に描写される荒々しい姿らしく、あるいは豊臣秀吉のように「鳴かせてみる」ことも、あるいは織田信長のように「殺してしまう」しまうことも可能でした。

 けれども、新約において「父と一体にして」人となられた神子イイススを通し、息子を持つ父親の気持ちに深く共感なさったのでしょう。父は愛する息子の保護者として、次男の帰りをひたすら待ち望んでいました。すると、聖神のお導きが放蕩息子に示されます。夢中で飛び出した実家には「大勢の雇い人に、有り余るほどパンがある3」記憶が蘇ったのです。反省した彼は、「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください4」と願い出るつもりで、父のもとへ帰ることを決意します。

 ここで注目すべきは、神様がただ漠然と次男に救いの手を差し伸べたわけではなく、やり直しの機会を願う彼の自由意志を尊重なさった点です。神様はこの展開を予知しておられたからこそ、放蕩息子を「厳しく懲らしめられたが、死に渡すこと5」はなさいませんでした。そればかりか、長男に欠けていた痛悔の心6を獲得した次男は、兄が嫉妬するほど温かく父に迎え入れられたのです。「罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう7」という主の御言葉は、まさに現実のものとなりました。

 神様は「萬世の前」から、人々を信仰に立ち返らせる最良の時を見極めておられます。放蕩息子のように回り道をしたとしても、真の痛悔を経て再チャレンジするならば、その瞬間から「神の国は近づいた8」も同然です。従って、私たちは間もなく迎える大斎を通じ、安心して自分自身と向き合いつつ「復活並に来世の生命」の獲得を目指してまいりましょう。

(伝教者 ソロモン 川島 大)


1 ルカ15:13
2 同上15:17
3 同上
4 ルカ15:18-19
5 聖詠117:18
6 『普氏説教集』p.418
7 同上15:7
8 マルコ1:15

■2022年2月 寡黙

 主イイススは自らの洗礼に際し、「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです(マトフェイ3:15)」とだけ前駆授洗イオアンに述べ伝えられました。私たちは往々にして、語り過ぎ、はたまた言葉不足により、相手を困惑させることがあるものです。そこで、金口イオアンの教訓を読んでみます。

 舌を弄ぶならば多くの不幸を招くでしょう。しかしながら、反対に舌を制するならば多くの幸福が舞い込むはずです。家、柵、壁、扉や門に、閉じるべき時と開くべき時とを司る番人なくしては、これらの物を通していかなる利益も得られないでしょう。このように舌と口とは、知恵を伴って大いに用心し容易く開閉しないこと、また発言すべきか心の中に秘めて発言すべきではないか、を知らなければ利益を享受できません。なぜなら、知恵深きシラフは言っています。「多くの人が剣のやいばに倒れたが、その数は、舌のやいばに倒れた人には及ばない(シラフ28:18)」と。ハリストスも仰っています。「口に入るものは人を汚さず、口から出て来るものが人を汚すのである(マトフェイ15:11)」。シラフはまた言います。「お前の口には戸を立てて、かんぬきを掛けよ(28:25b)」。けれども、聖詠者ダワィドはこれがいかに難しいかを知っているからこそ、祈祷を添え、神様の助けを求めたのです。これについては、シラフもまた同じく言い表しています。「だれがわたしの口に見張りを置き、わたしの唇に堅く封印してくださるのか。わたしが唇で過ちに陥らず、舌がわたしを滅ぼさないために(シラフ22:27)」。とはいえ、私たちは自分に対しても当然にこれを行わなければなりません。ゆえに、彼はまたこの事を戒めの如く「戸を立てて、かんぬきを掛けよ(28:25b)」と言いました。しかし、私たちの熱心さによってこれが実際に行われるよう、神様の助けを願いましょう。知恵を閂のように伴って常に自身の口を守るのは、常に閉ざしておくためではありません。むしろ本当に必要な時にこれを開くためなのです。なぜなら、ある時は黙っているほうが発言するよりも有益であるとはいえ、またある時には黙っているよりも発言するほうが勝る場合もあり得るからです。ゆえに、知者ソロモンは言います。「黙るに時があり、語るに時がある(伝道書3:7)」と。もし、口が常に開かれているものならば扉を設ける必要はなく、一方で常に閉ざされているものならばあえて守る必要もありません。私たちが相応しい時に開閉するためにこそ、扉と守りの存在が求められるのです。しかし、シラフは次のようにも言っています。「お前の言葉は秤に掛けて、慎重に用いよ(シラフ28:25a)」。ここから、私たちは単に言葉を発するだけでなく、相応しい気持ちを込めて発言するために細心の注意を払う必要があるのです。私たちは金銭や腐敗する物体にさえそうするのだから、ましてや言語にはこのように、過不足なきようにしなければなりません。よって、シラフは付け加えます。「必要なときに発言するのをためらうな(シラフ4:23)」と。あなたはすでに発言すべき時を知っているかも知れません。ともあれ、沈黙すべき時も示されています。「はっきりした見解があれば、隣人に答えよ。さもなければ、口に手を当てて何も言うな(シラフ5:12)」。また、「口数の多い者は、嫌われ(シラフ20:8)」、「自分の知恵を隠す人よりは、自分の愚かさを隠す人の方がましだ(シラフ20:31)」、「うわさを聞いたら、腹の中に納めておけ。安心せよ、それがお前を引き裂くことはない(シラフ19:10)」。また、「愚か者は、秘密を抱えるとひどく苦しむ。子を産む女が苦しむように(シラフ19:11)」。またシラフは言語の使用法についても言及しています。「若者よ、必要なときだけ話せ。語るとしても二度、それも求められた場合のみ。簡潔に話せ。わずかな言葉で多くを語れ。博識ではあっても寡黙であれ(シラフ32:9-10)」。舌を制して安全に使用するには、慎重さが必要です。従って、シラフはまた言います。「黙っていて、知恵ある人と見られる者もあり、しゃべりすぎて、憎まれる者もいる(シラフ20:5)」。言うのも黙っているのも、ただ相応しい機会に限らず、大きな恩寵を用いて実行する必要があります。ゆえに、聖使徒パワェルは言います。「いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。そうすれば、一人一人にどう答えるべきかが分かるでしょう(コロサイ4:6)」。思い出してください。舌は神様と談話し、讃美するために与えられた身体の一部であることを。畏敬の念を払うべきご聖体を授かる身体の一部であることを。信徒ならば私の言いたい事がお分かりいただけるでしょう。つまり、舌は全ての非難、叱責、猥談、讒言を離れて潔くあるべきなのです。もし私たちのうちに何かしら汚れたる気持ちが起こるならば、心の中で押し潰し、舌先にまで移るのを許してはなりません。根の部分を絶ち、戸を堅く閉ざして、厳重に守りましょう。邪な望みが生じたならば、心の中で押し潰し、その根を枯らすのです。イオフはこのようにして舌を守りました。つまり、彼は不適当な言葉は何一つ発せず、しかも日頃から沈黙を守ったのです。けれども、妻に答えなければならない時には、知恵に満ちた言葉を発しました。黙っているよりも言うべき時にこそ発言しましょう。ハリストスは仰います。「人は自分の話したつまらない言葉についてもすべて、裁きの日には責任を問われる(マトフェイ12:36)」。またパワェルも「悪い言葉を一切口にしてはなりません。ただ、聞く人に恵みが与えられるように、その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りなさい(エフェス4:29)」と告げています。

 考えてみれば、私たちが洗礼を受ける時に発する文言もごく僅かです。信経を除くと、啓蒙式の「袪つ」、「袪てり」、「配合す」、「配合せり」、「彼を王及び神と信ず」、「父と子と聖神、一體にして分れざる聖三者に伏拜す」ぐらいしかありません。とはいえ、ここには従来の悪しき生活との決別、神様と一体になるための心構えが網羅されています。神様の少ない言葉を信じ切れず不安になりがちな私たち。けれども、神様は多くを語らずとも私たちの悩みを理解しておられます。主の洗礼祭にあたり、私たちはいま一度神様と自分との関係を見つめ直し、同時に神様の似姿として創造された人々との適切な距離感を意識してまいりましょう。

(伝教者 ソロモン 川島 大)

■2022年1月 使命

 聖詠経の中で最も長い118聖詠(119詩編)。その出だしは「いかに幸いなことでしょう、まったき道を踏み、主の律法に歩む人は(1節)」と始まります。主に埋葬関連の祈祷で用いられるこの超大作では、全176節のうち実に20回も登場するキーワード「道(路)」が特徴的です。教会暦において1月14日は神学者聖大ワシリイの祭日にあたりますが、ワシリイは「地上における人間の生命はどのようなものか、どのような使命が人々には課せられているのか」を解説しています(『教訓』より)。

 生命は「路」と名づけられます。なぜなら、この世に生を受けた者はみな、終わりの日に向かって急ぐからです。船の中に座る者は、何かしらの力を用いずして、風に吹かれつつ港へと辿り着きます。本人がそれを実感せずとも、動く船は彼らを目的地に近づけるのです。このように、分かりづらいながら私たちも生活する間、常に途絶えることなく進むかのように、私たちの生命は流れ行く時とともに終わりへと引き寄せられます。たとえあなたが寝ていようとも、時はあなたから去り行くでしょう。あなたが目を覚ました時、あなたの記憶には空白があるはずです。けれども、就寝中であれ時間とともに生命もまた費やされています。たとえ私たちの感覚から離れていようが、生命は費やされるのです。私たち人間はみな、ある競技場において走るかのように、各自の目的に向かって急ごうとします。つまり、私たちはみな「路」の上に生きるのです。ですから、あなたはこの路の事を自ら理解し得るでしょう。あなたはこの生涯において「旅人」です。全てを終えた時、全てはあなたの後に残ります。道すがら、心躍るような出会いが待ち受けているかも知れません。とはいえ、しばらく喜び勇んでもやがて幸福は去り行きます。一方で、不愉快な出来事に遭遇することもあるでしょう。ただし、しばらく落ち込んだとしても次第に気分は紛れるものです。生命もこの類いのもので、変わらぬ楽しみも、長く続く悲しみも保持しません。この路はそもそもあなたの持ち物ではなく、そして現在もなおあなたには帰属しないのです。旅人には次のような習性があります。前の者が歩み出せば次の者も立ち上がり、さらには他の者も彼らに続くでしょう。生活もこれとよく似ています。今日あなたは田畑を耕作しますが、明日には別の人物が耕すでしょう。さらに、その後で耕すのはまた別の人物なのです。身の回りの土地や建物で考えてみてください。これらは最初の時以来、何度となく名前を変えたことでしょう。ある人物の所有とされた代物は、後に名称を変えて次の持ち主へと所有権が移りました。そして、今日ではまた新たな持ち主の所有となっています。従って、私たちの生命はまさに「路」ではありませんか。この路に身を置く者はみな、一方通行に進みます。では、実際のところ私たちに属すものは一体何なのでしょうか。これは精微で霊妙な本体、すなわち「生きた霊魂」。いま一つが、創造者が霊魂に生活中の車輪としてお与えくださった「身体」です。人間は知恵とこれに適合する肉体とが密接に合わさった結晶ではありませんか。この被造物は全て神様の意匠に凝らされ、母体にて形成されます。人々は母親の産みの苦しみを経て、暗がりから明るみに出るのです。神様は人々に対し、地上に存在するあらゆる動植物を司るように命じられました。だからこそ、人々の目の前には道徳的規範として森羅万象が示されているのです。人々には、力の及ぶ限り創造者に倣い、天上に見える善き秩序の影を地上にも写し出す方法が与えられています。人々は生命の終わりに呼び出され、住まいを路の上から別の場所へと移さねばなりません。その際、人々は神様の裁判所に導かれ、審問にかけられます。そして、人々は過ごした日々の評価を報いとして受けるのです。

 118聖詠は次のように締め括られます。「わたしが小羊のように失われ、迷うとき、どうかあなたの僕を探してください。あなたの戒めをわたしは決して忘れません(176節)」。私たちは、神様に与えられた心と体を駆使して限りある人生を歩みます。その旅路において、私たちの忘れてはならぬ「戒め(22回登場)」の一つが、創造者である神様を愛し、被造物である隣人や諸動物をも愛すること。すなわち、天上の完全な「愛」をこの地上でも表現することこそ、私たちに課せられた使命なのです。

(伝教者 ソロモン 川島 大)

■2021年12月 善行

 この度、京都ハリストス正教会の聖堂が、姉妹教会の函館教会や豊橋教会に遅ればせながら「重要文化財」に登録される運びとなりました。ニコライ堂を含め、日本正教会の聖堂では4例目です。及川神父様曰く、奇しくも豊橋を兼務していたことで築けた人脈、得られたノウハウがあったからこそ、話はトントン拍子に進んだとのこと。神様の計り知れない恩寵に感謝しております。

 さて、文化財には国宝や重文以外にも6種類あるのですが、私たち信徒にとっての財産は何も有形の建造物だけではありません。主の存命中から受け継がれ、4世紀を代表する金口イオアンや聖大ワシリイが編纂したとされる聖体礼儀。文化庁による登録の対象外であれ、紛れもなく天国の民の「無形民俗文化財」です。ゆえに、この執行機会ならびに理念を絶やしてはなりません。

 とりわけ、ハリストス自らその必要性を説かれた「領聖」は、信徒にとって大切な務めです(マトフェイ26:26-28など)。人々は「罪の赦と永生(『奉事経』p.177)」を得るために聖体血を拝領するばかりか、同じ釜の飯を食らうことで信仰の一致へと繋がります。従って、可能な限り日々の祈祷や斎を通して心身の準備を整え、聖体礼儀当日を迎えたいもの。しかしながら、時として人間関係がその気持ちを妨げることがあるでしょう。

 「善きサマリヤ人の譬え(ルカ10:25-37)」において、自分こそが正しいことを証明したい律法師は、「隣人を愛する」という誡めを狭い意味で解釈し、それを誇示していました。それを見抜かれたハリストスは、律法に対して同じく律法を引用し、律法師の口から彼ら自身を裁くように仕向けて反論します。すなわち、永遠の生命を得るための方法を尋ねた律法師に対し、ハリストスは神様と隣人を同様に愛するよう命じ、「善きサマリヤ人」を引き合いに出して「隣人とは誰であるか」を教えられました。これは、ルカ伝にのみ記された事柄であり、概要は次の通りです。

 イエルサリムからイエリホンに向かっていたある人が、盗賊に遭遇して身ぐるみ剥がされ、重傷を負って今にも死にそうな状態にありました。そこに、たまたま神殿にかかわる司祭やレワィトが通り掛かります。しかし、彼らは見て見ぬ振りをし、立ち去ってしまいました。その後、当時イウデヤ人と交際してはならなかったサマリヤ人が通り掛かります。そして、その人は豊かではないにもかかわらず、彼の傷に酒と油を注ぐだけでなく旅館まで連れて行き、そこの主人に金銭まで払って後を託す、という彼女にとって精一杯の憐れみを施しました。ここまで話したハリストスは、律法師に「三人のうち誰が盗賊に遭った人の隣人と思うか」と質問なさいます。この譬えを耳にした律法師は、憐れみを施す全ての人が隣人であると答えました。

 しかしながら、キリスト教の解釈では、神様に創造された私たちは敵でさえもが兄弟であり隣人なのです。よって、人々をこよなく愛する主は、私たちに敵をも愛するように命じられました(ルカ6:35)。この理由は、①我々が友人や恩人に対して互いに表す愛や慈善は不完全であり、②敵に対する愛こそ完全であるから、と説明されます。ただし、犠牲や燔祭のような心を伴わない形だけの行いを神様はお喜びになりません(聖詠50:18)。従って、敵に示す愛は自己中心的なものではなく、神の愛「アガペ」でなければならないのです。

 ところが、「善きサマリヤ人」の如く、憎しみ合う関係である人に対し、見返りを期待しないばかりか、むしろ率先して憐れみを施すことはそう簡単ではありません。とはいえ、神様は人を憐れむゆえに藉身なさったのですから、私たちもまた神様の憐れみを知り、神様に倣って隣人を憐れむ「善行」こそが喜ばれることを心に留める必要があります。そして、憐れみを必要とする者に出遭ったならば、人種や宗教の違いを超えて誰であろうと憐れみを施すべきなのです。

 聖体礼儀の度にもこのような善行がなされています。それは、他者の「記憶」です。連祷の言葉に目を向けますと、教会を司る主教のため、国を司る者のため、その場に集う者のため、あらゆる事情で集えなかった者のため、すなわち「衆の爲、一切の爲」に祈りが捧げられています。

 時間や距離による隔たりは存在しない、という固い信仰を私たちが持つならば、記憶を通して時差や居場所ですら超越した祈りを紡ぐことが可能です。世界中のあらゆる場所において祈祷が行われることは、まさに「絶えず祈りなさい(フェサロニカ前5:17)」の実践と言えるでしょう。その際私たちは、家族や親しい信徒に限らず、聖職者や同じ教会共同体の永眠者、さらには祈りを必要とする仲間の姿を思い浮かべたいもの。「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい(マトフェイ5:44)」とある通り、関係が良好ではない信徒のために進んで祈る姿勢も求められます。なぜなら、神様に向き合う姿勢は「プライベート」でありつつも、私たちは「敎會の充滿(『奉事経』p.188)」を守り信仰を分かち合う「パブリック」な一つの共同体として天の国を目指すからです。

 また、聖人、生ける者、死せし者として記憶された人々が全てこのディスコスに置かれ、ポティールへと投入されてハリストスと一体になるのは聖体礼儀の時のみです。ですから、信徒の皆さんが聖体礼儀に与れる際は余裕を持ってお越しいただき、ぜひとも「聖パン記憶」をなさってください。「あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい(ルカ10:20)」という御言葉からも、一枚の皿の上で天上の教会と地上の教会が同時に象られる様子は神様の国を表します。復活を信じる者全てが天国に招かれて一つになる儀式、これこそが私たちにとっての「無形民俗文化財」なのです。

(伝教者 ソロモン 川島 大)