■2022年9月 予祝

■2022年9月 予祝

 節目となる祈祷の最後に、私たち正教徒は「幾年も」を欠かさずに唱和してまいりました。

1889年の冬、亜使徒聖ニコライは次のように書き記しています。「2月11日に憲法が下賜されるという勅令がでた…(当日)には、日本の安寧を祈り聖体礼儀と感謝祈祷を執り行なおう。この日のためにさらに「ムノゴレティエ」を日本語に訳しておかねばならなかった…(日本人司祭が)翻訳をしてほしいといってきた。「千代八千代」という訳も提案するのだが、このような表現は世俗の賛歌にはいいかもしれないが、教会では場違いだ。ここでは真心からの言葉でなくてはならない。天皇ご自身お喜びになるようなもので、天皇が千年も長生きしますように、神に頼むということでなくてはならない。かくして、「ムノガヤレータ」は「幾歳も」と訳すことにした。これを提案したのはパウェル中井である…11日に教会で初めてお披露目をすることにしたが、神よ、広く使ってもらえますように」(ニコライ『宣教師ニコライの全日記2―1881年~1891年8月』中村健之介監修, 長縄光男・高橋健一郎訳, 教文館, 2007, pp.247-248)。

これが「幾歳も」と日本語に訳された経緯ですが、語感や誇張の度合いを無視すれば、本質的には別候補の「千代八千代」と大差ありません。平安時代、『古今和歌集』に入集した詠み人知らずの「君が代」。「君が代は千代に八千代に、さざれ石の巌となりて苔のむすまで(あなたの寿命は永く永く続いてほしいことよ。あのさざれ石が巌となって苔が生えるくらいまで)」。中世歌謡研究者の解説によると、この歌の主題は長寿で、本来は相手に歌いかけることによって、その人の長寿を祈り、寿ぐものでした。「君」は恋人であり、親であり、友人であり、主君であり、また周囲のすべての人に向けられた二人称です。言霊と呼ばれる言葉の力を信じる気持ちを持っていた古代の日本人は長寿を願い、予め祝う気持ちを声に出して歌うことで、実際の長寿を引き寄せることができると考えました。

「さざれ石」が成長しても「巌」となることありません…すなわち、絶対に廻って来ない時間を待つ歌を歌うことによって、永遠の時間を表現し…言霊の力によって、相手が本当に長寿を保てるように願うと同時に、自分自身も長寿にあやかろうとしたのです…今日の国歌「君が代」は明治13年(1880)に、この歌詞に新たな曲が付けられて歌われるようになりました…古代から日本人が大切にしてきた言葉の力を信じる気持ち、また相手に敬意を払い、深く思いやる気持ちは、この歌詞によって伝えられ続けています…この歌は一部の人たちが主張するような天皇制賛美の歌などではけっしてなく…祝言性の強い歌を冒頭に歌うのは我が国の芸能の伝統で…日本人の心のあり方を示すものなのです(小野恭靖『室町小歌―戦国人の青春のメロディー』笠間書院, 2019, pp.60-63参照)。

もうお分かりいただけましたでしょうか。「幾歳も」にも同様の願いが込められているのです。特定の誰かのための捧げられたお祈りに思われても、実はそこに集うすべての人々に向けられています。だからこそ、「今此處に立ちて祈る爾の諸僕婢に、萬福にして平安なる生命、康健と救贖、萬事に於ける善き進步を與え、及び彼等を幾年にも守り給え」と前置きがなされるのです。

第13主日の福音箇所は「葡萄園と農夫の譬え」でした。農夫たるユダヤ人が葡萄園から追い出した神の子ハリストスは、後に旧約の預言通り教会の礎となられます。けれども、元来は神様と共に歩んでいたはずの人々でさえ、とうとう神言葉の存在を信じるには至りませんでした。そこで、「ハリストス死より復活し、死を以て死を滅し、墓に在る者に生命を賜えり。我等にも永遠の生命を賜えり、主の三日目の復活を拜む」ことを教えられたのです。同日の使徒経、そして「幾歳も」と近い意味合いの「萬民をも」は、いずれも次のように締め括られています。「願わくは我等の主イイスス・ハリストスの恩寵は爾等と偕に在らんことを(コリンフ前16:23)」。ゆえに、私たちが「幾歳も」を歌う時もまた、「口を一にし心を一にして…今も何時も世世に」「喜ぶ人と共に喜び(ロマ12:15)」ましょう。

(伝教者 ソロモン 川島 大)