■2022年5月 小さな小さな子供たちの詩: 明るい道

小さな小さな子供たちの詩: 明るい道
СТИХИ ДЛЯ САМЫХ МАЛЕНЬКИХ: СВЕТЛЫЙ ПУТЬ


絵:ワルワラ・ボンディナ(1974-2013)
Рисунок: Варвара Бондина (1974-2013)

 

***
乗客

「ママ! ぼくの風船(ふうせん)に
蚊(か)がいきなり穴を開けたしりない?」
「もちろん、心配ない! そのままにしておいてね
蚊は一休みして飛んでいくからね!」

ПАССАЖИР

«Мама! Мой воздушный шарик
Не прокусит вдруг комарик?!»
«Нет, конечно! Пусть сидит:
Отдохнет и – полетит!»

***
大切な質問

「パパ! 神さまは誰を救うの?」
「主に向かう人たちさ!
それなら、どうしていつも
みんな主に向かわないの?!」

ВАЖНЫЙ ВОПРОС

«Папа! Бог кого спасёт?»
«Тех, кто к Господу идёт!»
Почему же мы тогда
Не идем к Нему – всегда?!»

***
熱い助け

窓の外で吹雪(ふぶき)がうなっている
でも、家(うち)は頑丈(がんじょう)!
そして、野原にいる者のために、
しかたなく路上(ろじょう)にいる者のために
このとても大変な時に
今祈ろう!

ГОРЯЧАЯ ПОМОЩЬ

Воет вьюга за окном,
Но у нас – надёжный дом!
А за тех, кто в чистом поле
И в дороге поневоле –
В этот очень трудный час
Мы помолимся сейчас!

***
大きな目の無口(むくち)さん

トンボが飛んできた
頭ぜんたいが目!
これで何でも気がつくけど
ただ、答えてくれないだけ…

ГЛАЗАСТАЯ МОЛЧУНЬЯ

Прилетела стрекоза:
На всю голову – глаза!
Всё такими замечает,
Только что – не отвечает…

***
働き者

アリはいつも仕事中
心配したり世話するのは
自分いがい、自分のことではない
こんな大変な運命(うんめい)!
マキより大きな木ぎれ…
でも、とにかく諦(あきら)めない!

ТРУЖЕНИК

Муравей всегда в работе,
В беспокойстве и заботе
О других, не о себе –
В непростой такой судьбе!
Щепка – больше, чем бревно…
Но не бросит всё равно!

***
仲直(なかなお)り

もし友だちが急に怒り出したら、
こう言ってね。「約束するよ!
ぜんぶ許すし
ぜんぶ忘れるって!」

ПРИМИРЕНИЕ

Если друг обидит вдруг,
Ты скажи ему: «Мой друг!
Я тебя - совсем прощаю
И забыть всё обещаю!»

***
明るい道

麦粒(むぎつぶ)は土に投げつけられた…
麦粒(むぎつぶ)は怒ったけれど、
しばらくすると、お日さまに向かって伸びて、
それから穂(ほ)が実った!

СВЕТЛЫЙ ПУТЬ

В землю бросили зерно…
Возмущалось оно, но –
Вскоре к солнышку пробилось,
А потом – заколосилось!

***
大きな始まり

畑をまっすぐ横切(よこぎ)ると
森があるよ。そこに小さな泉があって、
そして、泉から遠くへ流れているのは
広くて大きな川

БОЛЬШОЕ НАЧАЛО

Через поле напрямик -
Лес, где маленький родник,
И бежит из родника
Вдаль – огромная река!

***
優しいかかし

畑にかかしが立っている。
その姿(すがた)はぜんぜん怖(こわ)くない。
鳥たちはまったく怖がらない、
かかしの頭の上に座っている!

ДОБРОЕ ЧУЧЕЛО

В огороде чучело стоит.
У него – совсем не страшный вид.
Птицы его вовсе не боятся
И ему на голову садятся!

***
ママの秘密(ひみつ)

ママは何でも何でもできる!
ただいつも疲れている…
けれど、娘(むすめ)が手伝ってくれるとき、
ママはぜったい疲れないわ!

МАМИН СЕКРЕТ

Мама всё на свете может!
Только устаёт всегда…
Но когда ей дочь поможет -
Не устанет никогда!

***
私のせい

おしゃべりオウム
きゅうに犬の鳴(な)き声(ごえ)…
パパとママ「あれ?
うちに犬はいないよ!」
私を見たので、
すべて白状(はくじょう)した!

МОЯ ВИНА

Говорящий попугай
Вдруг издал собачий лай…
Папа с мамой: «Как же так?
В нашем доме нет собак!»
Посмотрели на меня –
И во всём признался я!..

***
すてきな仕事

パパは釘(くぎ)をトントン
ぼくはパパに釘を渡していた
パパが釘を曲(ま)げてしまうと、
ぼくはパパの指をふうふうしてあげた…
それから、ぼくたちは楽しく遊んだ、
「ああ、とてもすてきに働いた!」

СЛАВНАЯ РАБОТА

Папа гвозди забивал,
Я ему их подавал
И когда он гвоздь согнул,
То ему на палец дул…
А потом мы веселились:
«Ах, как славно потрудились!»

***
よくばり

ぼくはケーキを皆に取り分けていた
それで浮(う)かんだ苦笑(にがわら)い
そして、猫(ねこ)も面食(めんく)らい
クズしかあたらなかったから…

ЖАДНОСТЬ

Я делил пирог на всех
Так – что вызвал горький смех,
И обиду нашей кошки –
Той совсем достались крошки…

***
気前(きまえ)

ヴィーチャくんは一年お金をためていた
でも、自分には買わなかった
何にも!お金を教会(きょうかい)に持っていって、
そして、ぼくたちにプレゼントをくれた!

ЩЕДРОСТЬ

Витя деньги год копил,
Но себе он не купил –
Ничего! Отнёс их в храм,
И подарки сделал нам!

***
守り手

ぼくのお兄ちゃん今兵士(へいし)で、
機関銃(きかんじゅう)を持っている
機関銃で、未来の英雄(えいゆう)のように
お兄ちゃんが全力を捧(ささ)げるのは、母国のため!

ЗАЩИТНИК

Мой старший брат теперь солдат
И у него есть автомат.
С ним он, как будущий герой,
Стоит за Родину – горой!

 

修道士ワルナワ・サニン
修道士ワルナワ・サニン 『明るい道』の詩集より
修道士ワルナワの作品・翻訳は、どなたでもご自由に引用できます。
ただし、引用の際には、必ず著者の名前をご記載下さい。

Монах Варнава Санин, из сборника стихов «Светлый путь». Цитировать произведения или перевод работ монаха Варнавы Санина может каждый при указании имени автора.

■2022年4月 ハリストス復活!実に復活!

ハリストス復活! 実に復活!
ХРИСТОС ВОСКРЕСЕ! ВОИСТИНУ ВОСКРЕСЕ!

絵:ワルワラ・ボンディナ(1974-2013)
Рисунок: Рисунок: Варвара Бондина (1974-2013)

 

ここで記載されている内容は12歳以上どなたのためにもなると考えております。<親子で読む>記載があれば、小さな子供達のために、親子のためにも役に立つ内容であるという意味です。

目次

• 子供の祈り(聖(せい)枝(し)祭(さい)の出来事と聖パンテレイモンへの祈りについて)アレクサンドル・ディヤチェンコ神父より
Детская молитва (история, случившаяся на Вербное воскресение, и молитва св. Пантелеймону). Иерей Александр Дьяченко.
• 十字架上の苦しみとイイスス ハリストスの死(詩:修道士ワルナワ・サニン)
Крестные страдания и смерть Иисуса Христа (стихотворение, монах Варнава Санин)
• ハリストスが釘打たれた十字架(親子で読む詩:修道士ワルナワ・サニン)
Распятие (стихотворение, монах Варнава Санин)
• イオアン1:1. 「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言(ことば)は神(かみ)とともにあり」金口イオアン
Ин.1:1. В начале было Слово, и Слово было у Бога... (Иоанн Златоуст)
• 小麦の粒(親子で読むたとえ話:修道士ワルナワ・サニン)
Пшеничное зерно (притча, монах Варнава Санин)
• 読み終えた本(親子で読むたとえ話:修道士ワルナワ・サニン)
Прочитанная книга (притча, монах Варнава Санин)
• 復活されし者に讃美(さんび) (詩:大公コンスタンティン・ロマノフ) 
Хвала Воскресшему (стихотворение, Великий князь Константин Романов)
• パスハの響(ひび)き(親子で読む詩:修道士ワルナワ・サニン)
Пасхальное (стихотворение, монах Варнава Санин)
• ハリストス復活! では、私はどうでしょうか? (掌院アンドレイ・コナノス) «ХРИСТОС ВОСКРЕС! А Я?» Архимандрит Андрей (Конанос)

***
子供の祈り<聖(せい)枝(し)祭(さい)の出来事と聖パンテレイモンへの祈りについて>

「もしなんじらの中に智慧(ちえ)のたらざる者あらば、夫(か)の咎(とが)むるなくして、ただちに衆に與(あた)うる神に求むべし、しからば彼に與(あた)えられん。ただ信をもって、すこしも疑わずして求むべし」(イアコフ1:5-6)

 輔(ほ)祭(さい)あるいは司(し)祭(さい)になったばかりの者たちは必ず40日間の毎日の研修を受ける必要があります。その研修はそのままソロコウスト(すなわち40日間行われる祈(き)祷(とう))と呼ばれています。わたしの輔(ほ)祭(さい)の40日間の研修がもうすぐ終わるときに、ちょうど主のエルサレム入城(にゅうじょう)(聖(せい)枝(し)祭(さい))のさいにその徹(てつ)夜(や)祈(き)祷(とう)をおこなっていました。主(しゅ)教(きょう)座(ざ)の大聖堂で祈祷が行われていたため、主(しゅ)教(きょう)座(ざ)下によって指導されました。聖(せい)枝(し)祭(さい)の徹(てつ)夜(や)祈(き)祷(とう)が主教によって行われる場合、前もって小さな花束が準備されます。司祭のためにシュロの木の枝1本と5本のカーネーションの花、輔(ほ)祭(さい)のためにシュロの木の枝1本と3本のカーネーションです。教会では厳しい階級制(かいきゅうせい)があるので、こんな小さなことでもその階級制(かいきゅうせい)が強調されています。主教は一緒に祈祷をほどこす司(し)祭(さい)や輔(ほ)祭(さい)の額に聖油を塗る時、彼らに成聖された花束、すなわち聖(せい)枝(し)(2000年前にイイスス ハリストスが迎えられたシュロの木の枝)をくばります。わたしは自分の聖(せい)枝(し)をいただき、どうしようか、と思いました。その時、わたしは主(しゅ)教(きょう)区(く)の寮に住んでいたので、喜んでくれるひとのいない、空っぽの部屋に花束を持っていくのは、あまりおもしろくなかったのです。家に帰るのも数日後のことですから、その時までは花たちがもう枯れてしまうか、寒い天気で凍ってしまう恐れがあって、自分と共に持っていく意味もなかったのです。その年はパスハがとても早かったからです。聖(せい)枝(し)を誰かに贈ったほうがいいと思いましたたが、誰がよいのか迷いました。だれも知らない大きい町の中で、それは問題です。その日、大聖堂の礼拝に800人以上の人が来ましたが、それで問題が解決したというわけではありません。知らないひと、ばかりだったからです。男性に花束をあげたら、おかしいでしょう。女性、とくに若い女性なら、いろいろ想像(そうぞう)されてしまうかもしれません。わたしは今白髪ですが、その時はけっこうかっこよかったのです。、若い女性なら、なんと思うでしょう? では、おばあさんにあげたら、おばあさんは、たぶん財布を取り出して、お金をあげようとするかもしれません。さあ、ここで突然、すばらしいアイデアが浮かびました! 子供にあげた方がいい! どのような子供? もちろん女の子に、8歳、9歳ぐらいの女の子。だって自分にも娘がいて、今家で待っています。娘のことはとても懐かしくなりました。よし! そうしよう! さて誰にプレゼントをあげるか決めましたが、もう一つだけ、決めなければならないことがありました。ふさわしい子供を選び、彼女に花束をあげること。今描写する瞬間には、わたしと数人の輔(ほ)祭(さい)は、人々が主教様に聖油を塗ってもらえるように彼らをいくつかの行列に分けて立ったのです。人々は最初にわたしの後ろに通って、その後に曲がって、主教様に向かっていきましたが、そこから彼らの顔も見えました。少し振り返ったら、ちょうど思い描いていたようなお子さんに気づきました。女の子は、わたしに近づきました。わたしは彼女に「聖(せい)枝(し)祭(さい)おめでとう」と言いながら、シュロの木の枝とカーネーションの花束を手わたしました。とてもびっくりした女の子は、何も言わずに通りすぎました。しかし後ろにいてわたしの姿が見えなかったはずの女の子のおばあさんは、わたしに近より、こう言いました。
「神父さま、いま何が起こったのか、おそらく神父さまには、想像できないと思います。わたしたちは大家族、仲良しで、子供の人数が多いのです。毎年、この聖枝祭の日、わたしたちは、子供たちのために猫柳(ねこやなぎ)の枝を買い、それらを成聖(せいせい)してもらうために教会にいきます。今晩、女の子は、両親と約束した時間に遅れてしまいました。もう来ないだろうと思った親は、すべての枝を兄弟姉妹、いとこたちに分けてしまいました。女の子がやっと着いた時に、だれも彼女に枝をくれませんでした。女の子はとても悲しくなり、泣いていました。しかし、わたしは彼女を慰めるため、いいました。神さまに祈りなさい。お祈りしたら、神さまは、かならず、あなたの祈りを聞きいれます。このような日に神さまが、祈る人の願いをかなえないことなどありえません。もしかしたら、あなたは兄弟姉妹よりも、きれいな聖(せい)枝(し)をもらえるかもしれないから、と」
感動したおばあさんが、わたしに語り終えるころ、女の子は、聖油を塗ってもらい、主教様の手によって花束を成聖してもらうため、主教様へむかって進んでいました。女の子は、手を伸ばし、花束を持って歩きました。その花束は、たしかに兄弟姉妹の枝より、くらべられないほど美しかったのです。彼女はその花束を旗(はた)のように、祈りによって証された信仰の旗(はた)のように持っていました。その光景を見たとき、花束をだれにプレゼントしたらよいのかという、わたしの思いは、すぎさりました。子どもの純真な、篤(あつ)い祈りによって、わたしは、神の摂理(せつり)の一部となりました。神は、特別な理由によって、幼い女の子の信仰を堅固(けんご)になさいました。もしかしたらそれは後日、表信(ひょうしん)され、多くの実をむすぶためかもしれません。そして、たぶん、司祭(神父)の道に一歩を踏みだしたばかりわたしに、見習うべき祈りを見せるためだったのでしょう。わたしの道も彼女の道も今始まったばかりです。この出来事によって、わたしたち二人は特別な絆にむすばれました。
年月が経ち、わたしたちの教会に一人の5歳ぐらいの男の子が連れてこられました。わたしはそのとき至(し)聖(せい)所(しょ)にいました。子供がわたしに伝えたいことがあり、わたしは呼ばれました。わたしが近づいたとき、お子さんはお母さんに言われて、彼のために祈るようにわたしに頼みました。彼に心臓の病気があって、もうすぐ手術を受ける必要がありました。その手術のさいに、お医者さんは男の子の静脈(じょうみゃく)にカテーテルを入れ、それによって小さな病気の心臓がこれ以上苦しまないようにそれに入るはずでした。わたしは彼に提案しました。「あなたが、いやされるように一緒にお祈りしましょう」。 子供は賛成しました。わたしたちは聖(せい)大(だい)致(ち)命(めい)者(しゃ)・治(ち)癒(ゆ)者(しゃ)パンテレイモンの聖像に近づきました。「この聖人に祈ってみよう。聖人は、神さまの前に立ち、あなたのためにお祈りするのですから」。ちいさな子は、治(ち)癒(ゆ)者(しゃ)パンテレイモンの聖像を見つめ、祈り始めました。彼の祈りは、何の高揚(こうよう)、芝居(しばい)、疑いもなく、ただ小さな人間が理解している、限りなく愛しているお父さんとの会話でした。恃み、希望を持つこと、疑いのないことを子供の祈りから学びます。わたしは子供を見て、彼の神さまへの単純な言葉を聞き、一つのことをわかりました。わたしの人生の終わりごろ、子供の祈りの単純さの程度を達成できたら、わたしの主の喜びに入る(マトフェイ25:21)ことができるだろうということです。
アレクサンドル・ディヤチェンコ神父
ロシア語版:
Детская молитва. Иерей Александр Дьяченко
https://azbyka.ru/fiction/vozljubi-blizhnego-svoego-svjashhennik-aleksandr-djachenko/15/

***
十字架上の苦しみと
イイスス ハリストスの死

群衆(ぐんしゅう)の激烈(げきれつ)な怒った声。
十字架、その上の銘板(めいばん)、
釘(くぎ)、冠(かんむり)、とげも…
おお、イエルサリムよ!

町は、獅子(しし)の喉(のど)のよう、
貪欲(どんよく)な悪意に燃えている。
神の怒りが近づいている、
おお、イエルサリムよ!

王室の部屋の豪奢(ごうしゃ)、
おまえの殿(でん)には猛暑(もうしょ)。
ピラトは手を洗った。
おお、イエルサリムよ!

これはおまえの哀れな子供たちへの
お前の遺産(いさん)
十字架、銘板(めいばん)、ほこ…
おお、イエルサリムよ!

(修道士ワルナワ・サニン)

Крестные страдания
и смерть Иисуса Христа

Яростный рев толпы.
Крест, табличка над ним,
Гвозди, венец, шипы…
О, Иерусалим!

Город, как львиный зев,
Жадной злобой палим.
Близится Божий гнев,
О, Иерусалим!

Роскошь царских палат,
Зной над храмом твоим.
Руки умыл Пилат.
О, Иерусалим!

Это наследство твое
Бедным детям твоим:
Крест, табличка, копье…
О, Иерусалим!

(монах Варнава Санин)

***
ハリストスが釘打たれた十字架

主、わたしの神よ、
十字架からでさえ
あなたはわたしを抱き締めるため
自分の腕(うで)を開いている!
聖なる十字架で
静かに立って、
ハリストスの苦しみを
音もなく眺(なが)めて、
十字架の裾(すそ)に接吻(せっぷん)しながら、
泣いている
そして…ハリストスに
抱かれている!

(修道士ワルナワ・サニン)

РАСПЯТЬЕ

Господи, Боже мой,
Даже с Распятья
Ты мне Свои
Раскрываешь объятья!
Тихо стою
У святого Креста,
Молча смотрю
На мученья Христа,
Плачу, целуя
Подножье Распятья
И… попадаю
В Христовы объятья!
(монах Варнава Санин)

***
イオアン1:1. 「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言(ことば)は神(かみ)とともにあり」

この言葉の一節一節(いっせついっせつ)に秘められた、福音者の率直さと力がおわかりでしょうか。……彼がすぐさま舞い上がり、いかに聞き手たちの霊(たましい)と知性とを高揚(こうよう)させたのか、ご覧なさい。つまり、霊(たましい)を、知覚物全てよりも、大地より、海より、空よりも上に置き、なみいる天使よりも、天のヘルヴィムやセラフィムよりも、宝座よりも、首領よりも、能力よりも上に上がらせ、そして、あらゆる被造物(ひぞうぶつ)より高く舞い上がるように強調しています。……真の知恵と神聖なる教義がおわかりですか。…誰も天上に、地上のものを何も持ちこまないでください。ここに立っている誰も、家事を慮(おもんぱか)らないでください。教会では誰も家事を慮(おもんぱか)らないでください。逆に、家でも教会の教えのテーマについて思考してください。それらが霊(たましい)に属するのですから、わたしたちにとってより好ましくありますように。家事は、肉体に属します。ここでの教えは霊(たましい)にも肉体にも役に立つ、と言った方がいいでしょう。この家は神(しん)に属する癒(いや)しの場であり、わたしたちが(この世で)外から受ける傷を癒(いや)すために作られたのです……もしわたしたちが、聖神がわたしたちに言う事に耳を傾けないなら、以前の傷を清めるどころか、他の傷も受けるでしょう。今あなたたちの前に啓かれているこの福音の書にせいいっぱい、耳を傾けましょう。(金口イオアン)

Ин.1:1. В начале было Слово, и Слово было у Бога...

Итак, чем же начинает евангелист свое сказание? «В начале было Слово, и Слово было у Бога» (Ин.1:1). Видишь ли ты в этом изречении всё его дерзновение и силу?... Смотри, куда он тотчас, в самом начале, воспарив, возвел душу и ум своих слушателей. Поставив ее выше всего чувственного, выше земли, выше моря, выше неба, он возводит ее превыше самих ангелов, горних херувимов и серафимов, выше престолов, начал, властей и вообще убеждает ее вознестись выше всего сотворенного… Видишь ли истинное любомудрие и догматы божественные…Итак, никто не приноси на небо ничего земного. Никто, стоя здесь, не озабочивайся делами домашними. …Пусть же никто в церкви не печется о делах домашних; напротив, пусть и в доме размышляет о предметах церковного учения. Пусть они будут для нас предпочтительнее всего, так как они относятся к душе, а те (домашние дела) к телу; лучше же сказать – и душе и телу полезны здешние поучения. … Этот дом есть духовная лечебница, устроенная для того, чтобы в ней враче¬вали мы те раны, которые получаем отвне (в мире)…. Если же мы не станем внимать тому, что глаголет нам Дух Святой, то не только не очистим прежних ран, но еще и другие получим. Будем же со всем тщанием внимать этой книги, те¬перь пред нами раскрываемой. (Св. Иоанн Златоуст)

***
小麦

小麦を土にまいた。
「何? どうするの? どうして暗闇に わたしをほうりこむの? しかも、土で覆(おお)って?!」
小麦は 叫びはじめた。
「そうしなければ!」
小麦に 人は 答えた。
「でも わたしは生きたい! 永遠に」
「あなたは死なない。逆に、より大きな光栄のなかで生き返るのさ!
しかも自分の幸せをさらにかみしめるだろう!」
「そんなことってあるの?」
「もちろん! だって、これは あなたたち〈小麦〉をまく 初めてのことではないのだから!」
人は自分の仕事を終えた。畑のへりにすわり、少し休んだ。土に目をやってから、天を見あげた。
そして、突然、初めて自分自身について考え始めた。(修道士ワルナワ・サニン)

ПШЕНИЧНОЕ ЗЕРНО

Бросили пшеничное зерно в землю.
— Что вы со мной делаете? Зачем опускаете во тьму, да еще и засыпаете землею?! – закричало оно.
— Так надо! – ответил ему человек.
— Но я хочу жить! Вечно!
— А ты и не умрешь. Наоборот – оживешь в еще большей славе! И будешь еще радоваться своему счастью!
— Разве такое бывает?
— Еще как! Я ведь не первый год вас сею!
Закончил свою работу человек. Сел на краю поля отдохнуть. Посмотрел на землю, потом на Небо.
И вдруг впервые задумался о самом себе… (монах Варнава Санин)

***
読み終えた本

本を最後まで読んだ。
彼女<本>はもうそれが彼女の生命の終わりだと思った。しかし、それは逆に今始まりだしたのだ!
本は人の霊(たましい)の役に立ち、教訓的(きょうくんてき)だった。そして、読み手も、その本にぴったりで、ただ賢いだけではなく、思慮深(しりょぶか)い。
彼は自分の人生を考えて、自分の行動をこの本と比較し始めた。ときどきこの本を手にとって、また読んだ。
その後、自分の友達にも読ませようと、この本をあげた。
彼らは順番にこの本を借りた。
そして、毎回すべてがまた最初から始まった。(修道士ワルナワ・サニン)

ПРОЧИТАННАЯ КНИГА

Прочитали книгу до конца.
Она думала, что на том жизнь ее и закончилась. А она, наоборот – только начиналась!
Книга-то была душеполезной и назидательной. И читатель, под стать ей, не просто человек разумный – но благоразумный.
Задумался он над своей жизнью и стал сверять свои поступки с этой книгой. А время от времени брал ее в руки и перечитывал вновь.
Потом он дал почитать ее и своим друзьям.
Они брали книгу по очереди.
И каждый раз все начиналось сначала! (монах Варнава Санин)

***
復活されし者に讃美(さんび)

天より主を讃(ほ)めあげよ
たえまなく歌えよ
彼の奇蹟(きせき)と言いがたい光栄に
世界は満ちている

無形の力の会も天軍も
主を讃(ほ)めあげよ、
墓地の悲しい暗闇(くらやみ)から
偉大な光が輝いてきた。

丘、崖(がけ)、山よ、
天より主を讃(ほ)めあげよ!
オサンナ! 死の恐れが消えてきた
わたしたちの目が明るくなった。

大海原(おおうなばら)や果てのない海洋(かいよう)よ、
神を讃(ほ)めあげよ!
すべての憂(うれ)いや失望の不平(ふへい)が
沈黙(ちんもく)しますよう!

人々よ、天より主を讃(ほ)めあげよ、
主を讃栄(さんえい)しよ!
ハリストス復活!ハリストス復活した!
そして、死を永遠に滅(ほろ)ぼした!

(大公コンスタンティン・ロマノフ、1858-1915)

Хвала Воскресшему

Хвалите Господа с небес
И пойте непрестанно:
Исполнен мир Его чудес
И славой несказанной.
Хвалите сонм бесплотных сил
И ангельские лики:
Из мрака скорбного могил
Свет воссиял великий.
Хвалите Господа с небес,
Холмы, утесы, горы!
Осанна! Смерти страх исчез,
Светлеют наши взоры.
Хвалите Бога, моря даль
И океан безбрежный!
Да смолкнут вякая печаль
И ропот безнадежный!
Хвалите Господа с небес
И славьте, человеки!
Воскрес Христос! Христос воскрес!
И смерть попрал навеки!

(Великий князь Константин Романов, 1858-1915)

***
パスハの響き

どれほどパスハの日、清らかな心が
そして、すべての歩く者、泳ぐ者、息をする者が
疲れ知らずに創造主を讃美しているのか。
聞いたことがない人は聞いてください。

「ハリストス復活!」
と山は叫ぶ。
「ハリストス復活!」
と野原は山にこだまする。
「ハリストス復活!」
と争いを忘れて、
天を抱きしめて
地球は回っている。

鬱蒼(うっそう)たる森で葉々が歌っている、
川、村、町は歓喜(かんき)している…
わたしがそれを聞いたのは実は一回だけ
でも神に光栄、とこしえに!

(修道士ワルナワ・サニン)

Пасхальное

Кто это не слыхал, да пусть услышит,
Как в день Пасхальный чистые сердца,
И всё, что ходит, плавает и дышит,—
Без устали приветствует Творца.

«Христос воскресе!» —
восклицают горы.
«Христос воскресе!» —
вторят им поля.
«Христос воскресе!» —
позабыв раздоры,
Обнявшись с Небом,
кружится земля.

В густом лесу поет листочек каждый,
Ликуют реки, села, города...
Я это слышал, правда, лишь однажды,
Но, слава Богу,— раз и навсегда!

(Монах Варнава Санин)

***
「ハリストス復活! では、わたしはどうでしょうか?」

パスハ(復活祭)の後にわたしは子供たちがいる学校の教室に行きました。子供たちは、わたしが神品(しんぴん)(聖職者(せいしょくしゃ))だし、神学者(しんがくしゃ)ですので、必ず「ハリストス復活」と言うであろう、ということをよく分かっています。 しかし、わたしは教室に入った時、わざと何も言わないことにしました。 ただ挨拶のみをして、尋(たず)ねました。
―「お元気ですか? 何をやっていますか?」 生徒たちの一人はわたしに向かって言いました。
―「神父さま、ハリストス復活! を言わなければなりません」
―「あ、実に復活! 幾歳(いくとせ)も!」
―「でも、神父さまが先に言わなかったでしょう!」
―「はい、言わなかったですね」
ほかの子供たちはその一人の子供が神父に何を言うべきかを指摘(してき)して、神父の発言を直したことに驚きました。 その瞬間、誰かがドアを叩(たた)き、違うクラスの男の子が入ってきました。 彼らたちからバスケットのボールを借りたかったのです。
―「すまないけど、ちょっとバスケットのボールを貸してくれない? 僕たちは持っていないから」
クラスの子たちは叫びました。
―「ダメ、もうボールは貸してあげないよ! 前は貸してあげたけれど、あんたたちは無くしてしまったでしょ! もうあげないよ! あっち行って!」
かわいそうな子供は恥ずかしくなって、ドアを閉めて、帰りました。 わたしはクラスの生徒たちに向かって言いました。
―「子供たち、このさわぎの中で、あなたたちは彼に一つのことを言うのを忘れてしまっています。それはわたしにさっき言ったばかりのことです」
―「それは何ですか?」
―「ハリストス復活! です。言うべきだったのは、『あっち行って! ハリストス復活!』でした」 彼らたちは驚き、とても注意深くわたしを見ていました。
―「え? それはどういう意味ですか?」
―「あなたたちが言ったばかりの意味と、全く同じ意味ですよ。わたしが教室に入った時に、あなたたちはわたしに言葉の注意をしたでしょう(それは正しい注意でしたよ!)。わたしはまず「ハリストス復活!」という言葉で挨拶すべきでした。しかし「ハリストス復活」という言葉は、とても力強い表現ですよ。とても現実味(げんじつみ)の帯びた表現です。それを言うだけだと物足りないのです。この言葉を自分の毎日の生活の中で、自分の悩み、自分の回復せられた思い、自分の変容された心、生活の全ての事情の中でそれを実現すべきです。 あなたたちは、簡単に『ハリストス復活』と言っているのに、『ボールをあんたたちにあげない』と答えているでしょう。『ハリストス復活』と言っているのに、『ドアを閉めといて、ほっといて』と答えているでしょう!
『ハリストス復活』という表現は、わたしもハリストスと一緒に復活していくという意味を持っています。
その反対の意味で、わたしがまだ学生だった時に、ある一人の若者が言った事を思い出します。 その時、わたしはまだ子供だったので、彼はわたしに皮肉ながらにこう言いました。
―「ハリストス復活! それで何? わたしにとって何の意味がある? ハリストスは復活したけれど、わたしは、あなたは、わたしたちはどう? わたしたちの今の生活、ここにある生活にとって何か意味ある? わたしが住んでいる現実に何か影響ある?」
また例えばこの様な話も出来るでしょう。ある人が親戚のいとこの家を訪れると、とても手厚くもてなしてくれました。
―「こんにちは。ハリストス復活! どうぞ! お茶でもどう? 少し話したいことがあるの!」
そして一緒にお茶をしながら、今度の裁判で何を言うか、財産に関する問題でもう一人の親戚をどのように有罪にさせるか話し合うのです。 時間が経ったら、やっと合意ができて、「じゃね、裁判で会おう!その一点は絶対に忘れないで! それはとても大事だから! じゃ、バイバイ! ハリストス復活!」
ハリストスは復活しましたが、あなた方はこの言葉を自分の生活の中で軽んじています。 あなた方はまるでキーボードでBack Space、Deleteというボタンを押しているようです。
言葉だけで「ハリストス復活」と言ってはいますが、あなた方自身の生活の中ではまだまだ何も復活していません。このような人の中には、未だに驕(おご)り、欲望、罪、弱みというような死せる臭いを放つ墓があります。 最も望ましい目的は次の言葉にあります。
「わがハリストスよ、わたしの生活をどのように復活させたらいいでしょうか」 といつも神さまに願うことです。 そして、今はあなたの教師として言うのではなく、ただあなたがいつも自分が話している言葉に注意するように言っています。旧約聖書の言葉を思い出しましょう。「あなたの主神(しゅかみ)の名をみだりに唱えてはならない」(申命記5:11) あなたはこの聖なる言葉を口にしているのですが、実際はそれらを軽んじています。
ある日、わたしは一人のハリスティアニンに電話してみました。 わたしは彼にお金の余裕がある事をあらかじめ知っていました。
―「ハリストス復活!」
―「実に復活」と彼が答えました。
―「素晴らしい! あなたはこれをご存じですし、これを言っていますし、とても良いことです!実は一つのとても貧しい家族がいます。今とてもお金を必要にしているのです」
―「神父さま、仕方ないですよ。今は不景気ですし、どこを見ても問題ばかり。彼らが何か良い方法を見つける事をお祈りいたします。どうしようもない。わたしはあまり役に立つことが出来ないのです。また今度話をしましょう。神父さま、ハリストス復活!」
―「実に復活! さようなら!」
ハリストスは復活しましたが、あなたはまだお金が大好きで、まだケチで、まだ難しい人ですよ。 あなたの心はまだ閉ざされていますよ。あなたはまだ復活していません。金銭欲(きんせんよく)と傲慢(ごうまん)は未だ生きています。それらは滅びていません。
同じことについてもう一人と話してみました。 彼は教会に行かず、神をあまり強く信じていないし、他の人と比べて教会との特別なつながりもありません。しかし、彼の心の中で何が起こっているかわたしには見えませんが、きっとハリストスが仰(おっしゃって)いるように、税吏(ぜいり)と罪人が他人に先立って天国に入るという意味のことが起こったのでしょう。
彼は「ハリストス復活」をわたしに言いませんでしたが、貧しい家族の話を聞いたら、すぐにわたしに500ユーロを手渡し、こう言いました。
―「神父さま、どうぞお受け取りください。そして必要にしている人にあげてください」。
わたしは彼に「ハリストス復活!」と言いましたが、彼は「神は真実です。すみませんがどのように言い返したらいいのかわかりません」と答えたのです。 ある人はもしかしたら、これは正しくないと言うかもしれません。より正しいのは「ハリストス復活」と言いながら、主神(しゅかみ)を愛し、主神(しゅかみ)において生き、自分の生活を通じて、行いによって福音の言葉を実現することである、と言うかもしれません。もちろん無神論者(むしんろんしゃ)でありながら、ハリスティアニンとして生きる人のほうが好きだという意味ではありません。無神論者(むしんろんしゃ)であるといいながら、実際にそうではない人々がいるからです。 彼らは属する霊(たましい)を持ち、活(い)ける愛を心に抱き、人を愛し、他者の痛みを感じ、泣き、心も繊細で、感動するような人々です。
ある人が自分の姉妹のことを聖パイシイに伝えた話を覚えていますか? 彼女は夜に居酒屋をうろつき回り、日中は病院で働いていたのです。その人は長老パイシイに言いました。
「姉妹をもうすぐ失うでしょう。彼女は地獄に行くに違いありません。だって変なところをうろつき回り、自分を売り、罪を犯してしまっているからです」。
長老はこう答えました。
「彼女は病院で働いていますか?」
「はい、そうです」
「病人と一緒にいるときは、謙遜をもって、優しく彼らを手伝っていますか?」
「神父さま、はい、とても優しいです。彼女はとても病人を愛しています。老人のためにベッドを片付けたり、どんなことに対しても全く反感などなく、まるで自分の両親であるかのように何でもしてあげたりしています」
「わたしの子よ、そうなら心配しないでください。神さまは彼女を絶対に助けます。この行いこそが彼女にとって救いをつかむ糸になります」
「けど、彼女はあまり教会に行かないし、彼女はわたしたちがやっていることとあまり関連がありません」
わたしたちがやっていること?
では、一体(いったい)わたしたちは何をやっていますか?
わたしたちは「ハリストス復活!」と言ってから、他人の背(中に「ハリストス復活」という言葉が書かれている、とても美しいナイフを刺します。 ブスッ(グサッ)! どうぞ! ハリストス復活! それに伴うのは、批判、嫌悪、憎しみ、悪意です。 何の変化もなく、何の変容もありません。ハリストス復活! 実に復活!
しかし、ハリストスはわたしの生活の中で復活しましたか?
あるいは、ハリストスの復活が単なる歴史上の出来事にすぎず、その言葉でただその出来事を伝えているだけですか?
わたしの小さい頃に、その人がわたしに投げ掛けた言葉をまた思い出しました。「ハリストスが復活したことに何の意味があるか、彼が復活したことによって何が変わったのか、ハリストスが己の為にのみ復活したのか?」。
イコンではハリストスがアダムとエヴァ(イブ)に手を伸ばして、彼らを墓より引き出だす様子が描かれています。 では、あなたを墓からどのように引き出だしたら良いでしょうか? あなたはどのようにハリストスの復活を授(さず)かったら良いでしょうか?  主神(しゅかみ)は実に復活しました。
主神は人々を変容させ、彼らを変化させます。神の愛が人の霊(たましい)に染み込んだら、神はその人間の霊(たましい)も体も変容させます。全てが変わっていきます。人間自身が変容(へんよう)されていきます。彼の霊(たましい)、彼の心の性質が変わっていきます。思考が平安を抱きます。人は落ち着き、スヤスヤと眠り、目を覚ましたら、生きる活力に満ちています。働き、前へと進む希望があります。それらの全てはハリストスがあなたに与えます。
ある一人の若者は、ハリストスのために全てを捧げました。 ある日聖アトス山に行った時、彼はわたしに「ちょっとお話があるのですが」と言いました。
―「え? あなたはわたしを知っているのですか?」と彼に聞きました。
―「いいえ。ですが、長老様はある日わたしに挨拶して、わたしに神(しん)を鍛えるようにおっしゃいました。だから、ちょっとお伝えしたいことがあります」。
彼がわたしの庵室(あんしつ)に来て、わたしは訊いてみました。
―「あなたはもちろん、子供の頃から教会に通い、教会のことが好きになって、修道士になったのですね?」
―「いいえ、全く違います」
「え?あなたはどんな人でしたか?」
―「わたしは放浪者(ほうろうしゃ)でした。うろつき回ったり、夜の生活を過ごしたり、罪をいっぱい犯したり、バイクで突っ走ったり、女性たちと遊んだり、いっぱい飲んだり、全てを壊したり、楽しんだり、自分の生活をむだ遣(づか)いしていました。わたし自身もそうだったし、わたしの仲間もそうでした」
―「では、もちろん、あなたのご両親はハリスティアニンですね」
―「いいえ、全く違います。両親は教会がどこにあるかさえ知らなかったのです。教会の鐘(かね)の音によって、何か起こっていることと、教会がどこか近くにあるとは分かっていましたが、教会には行かなかったのです」
―「では、何が起こりましたか?」
―「父はいつもわたしを叱って、飲みすぎて、わたしを殴り、消えろと言いました。わたしは愛を感じていなかったのです。しかし一生ずっと愛を切望し、理解、温かい気持ち、慰め、鴻恩(こうおん)(神による恵み)を切望していたのです。わたしが通っていたところにはそれを見つけ出せなかったからです。わたしは飽(あ)きるぐらいの罪を犯してしまいましたが、実際は神を探していました。しかし今までの生活において神を見つけることができませんでした」
―「では、けっきょく何が起こりましたか?」
―「何が起こったのか、自分でも分かりません。わたしはある日ただ仲間を連れて聖アトス山に行きました。それはちょっとした散歩で、ただの観光に過ぎなかったのです。しかし、そこで神の愛をめぐまれたとき、あたかも頭が煉瓦(れんが)に打たれたかのように感じたのです。わたしは衝撃(しょうげき)を受け、何かが起こったと感じ、自分の人生を変えたくなりました。こうして変わっていきました。母はその時までいつも「なんでそんなことするの? なんで夜にうろつき回っているの? なんでいつも女性を変えるの? なんで罪ばかり犯しているの?」といつも怒っていました。そこで、急に彼女に「わたしは去ります。わたしは離れます。わたしは全てを神に捧げたいのです」と言いだしました。以前は母がわたしの罪だらけの生活を恐れ、非難していたのですが、今のわたしの言葉を聞いたら、逆のことを言いだしました。わたしにまた違う女性と知り合うことを勧めたり、結婚するように、そんなに頻繁に教会に行かなくていいと言ったりするようになりました。「神(しん)に属する人になるようにずっと言っていたけれど、そこまでの者にはならなくていいよ! この女性、あるいはその女性と結婚しなさい! この女性は神父の娘みたいで、そっちは神学者の姉妹で、あっちはとても美しい!」
―「いいえ! しません!」
―「なんで?」
心を完全に奪(うば)うほどの神の愛について述べるのであれば、「なぜ?」と言うことがあり得ないからです」。神の愛に心が奪(うば)われている時、ほかの人はあなたを理解できません。人が神の美の一つの光線に過ぎないのに、人間に属する物に夢中(むちゅう)になることができ、あなたの心を奪(うば)うことができ、この一つの光線の愛のみによって気を狂わせることさえもできるのであれば、想像してみてください。この一つの光線にしたがって光の源、光そのものにたどり着いたら、その輝きすべて、美しさのすべて、愛のすべてを見たら、いったいどうなるでしょうか?  その時、あなたは必ず、全てを忘れます。あなたは感じているこの偉大さに呆然(ぼうぜん)とします。
誰もあなたを理解できないでしょう。あなたがおかしくなったと思うでしょう。周りはあなたのことについて話し、「あの人はどうしてしまったのだろう?」と自身の胸中(きょうちゅう)に問いかけるでしょう。「あなたたちがわたしのことをどう思うか、わたしは全く興味がない」とあなたは思うでしょう。
愛は愛で癒(いや)されます。愛を愛で差し替えられます。あなたは以前よりもっと強い気持ちを感じたら、あなたは全てを手放し、全ての問題が消えます。あなたは神さまの愛を切望するようになります。そして神さまはあなたに余りある愛を注ぎます。あなたは憎しみなく生き、全人を避けるようになりますが、その全人を愛するようになるでしょう。自分の心において今までに感じたことのない心情を感じます。
わたしはアテネから持ってきたお土産(ドライフルーツ、チョコ)を一人の修道士にあげたいと思った時、彼はわたしにこう言いました。
―「神父さま、わたしはそれを持っていませんが、それを必要としてはいません。わたしたちはここでこれを食べてはいません。わたしが切望しているのは神の愛と人間の真の愛です」。
聖アトス山の聖シルアンは「わたしはあなたたちにハリストスの顔をどうしても見せたい!」と言っています。これはまた違う性質の知識であり、ハリストスの顔のまた違った側面についての、議論(ぎろん)の余地(よち)のない見方であり、異なる触れ方です。わかりますか? 誰かが人を愛しているのであれば、その人に「あなたが欲しがっていることを何でもしてあげます! あなたの望みすべて、願望すべてを実現させます」と言うでしょう。あなたはその人の気持ちを理解しています。その直感をあなたに与えるのは愛です。
あなたが愛している時に、愛している人が何が好きか、何に喜ぶか理解し、彼を喜ばせます。あなたの心にはいつも日が輝き、光が輝き、希望が輝くように祈っています。そしてまた繰り返します。あなたの人生は必ずより良くなります、まだ何も終わっていませんよ! 今日、あなたは泣いているかもしれませんが、しかし明日の日はまだ来ていません。善いことが近づいていきます。前もって全てを決めつけるのはやめてください。ずっと悩みの中、愚痴(ぐち)の中で日々を過ごさないでください。ずっと受難(じゅなん)の日、聖大金曜日を常に苦しみの中で過ごすこと、その状態の中で常に残ることを望まないでください。このような偉大な痛みに耐えることが出来ないからです。この受難(じゅなん)の目的は、あなたにおいて復活への切望を起こすことです。
(掌院アンドレイ・コナノス)
ロシア語版:«ХРИСТОС ВОСКРЕС! А Я?» Архимандрит Андрей (Конанос)
https://pravoslavie.ru/93191.html

 

修道士ワルナワ・サニン
修道士ワルナワ・サニン
修道士ワルナワの作品・翻訳は、どなたでもご自由に引用できます。
ただし、引用の際には、必ず著者の名前をご記載下さい。

Монах Варнава Санин
Цитировать произведения или перевод работ монаха Варнавы Санина может каждый при указании имени автора.

■2022年4月 画家ワルワラ・ボンディナさんについて

ワルワラ・ボンディナ(1974 - 2013)。正教会の画家。
ワルワラは神と世界の美しさを賛美し⼈人々の霊(たましい)を暖かくする何百枚もの美しい絵を教会と⼈人々に贈りました。
39 歳の時に⻑年に亘るガンで永眠しました。ワルワラに天国と、永遠の輝かしい記憶をお祈り申し上げます。
絵を提供し、それらを教会のページで投稿する許可をくださったワルワラのご家族(妹のアンナ、⼦子供達のトリフォン、エフロシニヤ、ルケリヤ、パンテレイモン、ニコライ)、ミヌシンスク町の出版社社⻑⾧長エレナ・ステリマフ、学校教師オレグとエレナ・マレエフに⼤大変感謝します。
皆様が神にいつも守られますように。
あらゆる事で神に光栄!

Варвара Бондина (1974 - 2013). Православная художница, которая подарила Церкви и людям
сотни живописных работ, прославляющих Бога и красоту мира, согревающих души людей. Умерла
в 39 лет от продолжительной болезни -‐‑‒ рака. Царствие Небесное, вечная и светлая память
Варваре. Благодарим семью Варвары (сестру Анну и деточек Трифон, Евфросинья, Лукерья,
Пантелеимон, Николай), а также директора Минусинского издательства Елену Стельмах и
школьных учителей Олега и Елену Малеевых за предоставленные рисунки и разрешение
размещать их на странице храма. Пусть всегда хранит Вас Господь. Слава Богу за все!

■2022年3月 小さな小さな子供たちの詩: 生きている絨毯(じゅうたん)

小さな小さな子供たちの詩: 生きている絨毯(じゅうたん)
СТИХИ ДЛЯ САМЫХ МАЛЕНЬКИХ: ЖИВОЙ КОВЁР


絵:「天使首の会」ワルワラ・ボンディナ(1974-2013)
Рисунок: “Собор Архангелов”, Варвара Бондина (1974-2013)

 

***
ママみたいに!

玄関の鏡(かがみ)の前で
ママの帽子(ぼうし)をかぶって立っている
少しでも私のママみたいに
なれるように!

КАК МАМА!

Перед зеркалом в прихожей
В шляпке маминой стою -
Чтобы хоть чуть-чуть похожей
Быть на мамочку свою!

***
誰かのコイン

地面にコイン
一目散(いちもくさん)に走った!
でも、パパはそれを見て
すぐ止めた…

パパはちっとも怒らなかったけど、
きびしく言った。「いいかい、
自分で努力しなかった物は
けっして拾ってはいけない!」

ЧУЖАЯ МОНЕТА

На земле лежит монета,
Я скорей к ней побежал!
Только папа, видя это,
Меня сразу придержал…

Он ничуть не рассердился,
Но сказал мне строго: <Знай, То, над чем ты не трудился, - Никогда не поднимай!>

***
木こりさん、乱暴(らんぼう)しないでね

サーシャは本の一ページを引き裂(さ)いた
そこにはどんぐりの木の絵
そしてお兄さんから聞いた
「木こりさん、乱暴(らんぼう)しないでね!」

ГОРЕ-ЛЕСОРУБ

Саша вырвал лист из книжки,
Где был нарисован дуб…
И услышал от братишки:
<Эх, ты, горе-лесоруб!>

***
うたがわしい友情(ゆうじょう)

一番の友だちと
おもちゃでケンカするなら
その友情(ゆうじょう)は、残念ながら
うたがわしい!

СОМНИТЕЛЬНАЯ ДРУЖБА

Если лучшие подружки
Ссорятся из-за игрушки,
То их дружба, к сожаленью,
Подвергается - сомненью!

***
生きているじゅうたん

野原(のはら)にじゅうたん
しかも花もよう付き!
美しいのは
ここで花たちが育っているから!

ЖИВОЙ КОВЁР

На лугу лежит ковёр
И на нём - цветной узор!
А причина красоты -
В том, что здесь растут цветы!

***
ネバネバの教え

妹と一緒に
テーブルにノリをこぼした…
さいわい、ちょうどママが来て、
なんとか全部(ぜんぶ)を貼(は)り付けた!

ああ、不注意(ふちゅうい)から
面倒(めんどう)になった!…

ЛИПКИЙ УРОК

Мы с сестрёнкою моей
На столе разлили клей…
К счастью, мама подоспела
И расклеить всё успела!

Ох, какие сложности -
От неосторожности!..

***
優(やさ)しい力

お兄さんはとても強い
けど、自慢(じまん)しない
誰も傷(きず)つけない
逆(ぎゃく)に、皆を守るだけ!

ДОБРАЯ СИЛА

Брат мой очень сильный, но
Не гордится всё равно,
Никого не обижает,
Но зато - всех защищает!

***
うれしい光

喜びを分かち合って
いつも優(やさ)しく振(ふ)る舞(ま)えれば、
うれしい顔だけと
いつも出会えるよ!

РАДОСТНЫЙ СВЕТ

Если радостью делиться,
И добро нести всегда, -
Только радостные лица
Будем видеть мы всегда!

***
良い知らせ

リンゴの木が病気になったので
冬まで看病(かんびょう)していた!
春になると、木の芽(め)と
新しくて、元気な!葉(は)っぱが出た!

ХОРОШАЯ НОВОСТЬ

Заболела яблонька, и мы -
Деревце лечили до зимы!..
А весною выпустили почки
Новые - здоровые! - листочки!

***
私たちと一緒にいるのは神さま!

私たちは家族みんなで
今祈っている
ということは、
神さまは目に見えないけれど、私たちと一緒にいる!

С НАМИ - БОГ!

Мы всей семьёю
Молимся сейчас,
И значит -
Бог незримо среди нас!

***
かしこいハト

ママにハトさんが飛んで来た
さっと手のひらに舞(ま)い降りた!
けど、なんだか、私を
このハトさんは怖(こわ)がっているみたい…

УМНЫЙ ГОЛУБЬ

К маме голубь подлетел,
Раз! - и на ладошку сел!
А меня боится
Что-то эта птица…

***
冬の光

冬の庭が光に輝(かがや)いていた
そこにお日さまがいっぱい!
そして、私の鼻(はな)は
冷たい炎(ほのお)で燃(も)えていた!

ЗИМНИЙ ОГОНЬ

Зимний сад сиял огнем -
Столько солнца было в нем!
И горел нос у меня
От холодного огня!

***
器用(きよう)な手

パパの兄弟トーリャおじさんが
私のためにスクーターを
私の小さな妹にも
庭のブランコを作ってくれた
私たちの車をなおして、
そして、晩ごはんにおかゆを作ってくれた

ЗОЛОТЫЕ РУКИ

Дядя Толя, папин брат,
Смастерил мне самокат
И качели во дворе
Моей маленькой сестре,
Починил машину нашу
И - сварил на ужин кашу!

***
小さな友だち

私はカナブンと友達だよ
カナブンに「ぶんぶんぶん」というと、
カナブンはわかっていて、
羽(はね)を上げてくれるよ!

МАЛЕНЬКИЙ ДРУЖОК

Я с одним жучком дружу,
<Жу-жу-жу!> - ему скажу,
И он понимает -
Крылья поднимает!

***
神さまの贈(おく)り物

ママが私に教えた一言(ひとこと)
「自然(しぜん)は美しい、どんな季節(きせつ)でも。
でも一つ覚えておかないと。自然を
神さまが私たちに、喜(よろこ)びのために与えてくれたことを!」

БОЖИЙ ДАР

Мама мне сказала, что природа
Хороша в любое время года:
Нужно только помнить, что она
Богом нам - для радости дана!

 

修道士ワルナワ・サニン
修道士ワルナワ・サニン 『やさしい花束』の詩集より
修道士ワルナワの作品・翻訳は、どなたでもご自由に引用できます。
ただし、引用の際には、必ず著者の名前をご記載下さい。

Монах Варнава Санин, из сборника стихов <Добрый букет>. Цитировать произведения или перевод работ монаха Варнавы Санина может каждый при указании имени автора.

■2022年2月 小さな小さな子供たちの詩: 甘い果実

小さな小さな子供たちの詩: 甘い果実
СТИХИ ДЛЯ САМЫХ МАЛЕНЬКИХ: СЛАДКИЕ ПЛОДЫ


絵:「祈りの天使首セラフィイル」ワルワラ・ボンディナ(1974-2013)
Рисунок: <Архангел молитвы Селафиил>, Варвара Бондина (1974-2013)

 

***
無邪気(むじゃき)な散歩(さんぽ)

お母さんと町の公園で
池で魚にエサをやって、
路地(ろじ)を歩き、
ベンチで一休み
そして、一本道を
散歩してから、家に帰った。
…またカブトムシをみた。
みたけれど、じゃましなかった!

БЕЗОБИДНАЯ ПРОГУЛКА

С мамой в городском саду
Мы кормили рыб в пруду,
Погуляли по аллейке,
Отдохнули на скамейке,
И дорогою прямой,
Погуляв, пошли домой.

… А еще жука мы видели,
Видели и - не обидели!

***
甘い果実(かじつ)

お父さんが畑に連れて行ってくれて
みんなに宿題(しゅくだい)を出した
春の苦労(くろう)が
秋に実るように!

みんなで怠(なま)けず働(はたら)いた
お母さんなんか夢に苗床(なえどこ)が出てきた…
でも真冬(まふゆ)になって
イチゴといっしょにお茶を飲んでいた!

СЛАДКИЕ ПЛОДЫ

Папа нас привез на дачу
И поставил всем задачу:
Чтоб весенние труды -
Дали осенью плоды!

Мы трудились, не ленились,
Маме даже грядки снились…
Но зато в разгар зимы
Чай с клубникой пили мы!

***
朝の魚信(あたり)

釣り人は大あくび
首揺(ゆ)らし、こっくりこっくり、
そして、ぜんぶのあたり
見落としたり!

УТРЕННИЙ КЛЁВ

Рыбак зевал…
Носом клевал…
И всю рыбалку -
Прозевал!

***
全部(ぜんぶ)きまり通り!

「お母さん! お母さん! シラカバに
葉っぱが一枚も残っていない…」
「悲しまないで、涙を拭(ふ)こうね!
これには理由(りゆう)があるからね!

世界(せかい)にはきまりがあって
神さまがくれたもの! これもそう
木は夏に疲れるから、
冬は一休み!

ВСЁ В ПОРЯДКЕ!

<Мама! Мама! У березки Не осталось ни листа…>
<Не печалься, вытрем слёзки! Это, дочка, неспроста! Есть порядок в мире этом - Богом данный! Так и тут: Устают деревья летом, А зимою - отдохнут!>

***
もっとも良い道

良い道は
玄関(げんかん)から神さまへの一本道
そして、毎日毎日
家族みんなでその道を歩いている時!

ЛУЧШАЯ ДОРОГА

Хорошо, когда дорога -
Прямо к Богу от порога,
И когда мы день за днём
Всей семьёй по ней идем!

***
いろいろな言葉(ことば)

良い言葉(ことば)がこんなにたくさん!
けど、言っておくけど、
そうじゃない言葉もあるよ
ぼくとは友達じゃない
なぜって
良くないない言葉(ことば)だから!

РАЗНЫЕ СЛОВА

Как много слов хороших!
Но скажу:
Что есть слова другие,
С которыми я не дружу,
Так как они -
Плохие!

***
一番の理由(りゆう)

うちでは庭でヒモにつないで
ポルカンという子犬を飼(か)っていた
子犬が逃(に)げないように、そして
悪い犬たちに惑(まど)わされないように

ГЛАВНАЯ ПРИЧИНА

Мы во дворе на поводке держали
Щенка Полкана только для того,
Чтоб не сбежал он, и не обижали
Злые собаки - доброго его!

***
優しいカーチャ

カーチャは子猫を助けた
子猫ちゃんを抱(いだ)いて三軒の家を回った
引き取ってくれる家を探(さが)していた
やった! やっと見つけた!

ДОБРАЯ КАТЯ

Катя кошечку спасала,
С ней три дома обошла:
Кто возьмет её, искала…
Наконец - ура! - нашла!

***
早めの準備(じゅんび)

毎年、友達と
ハイキングに行く準備(じゅんび)をしている
川や野原(のはら)を通って、
山や海を渡って!
けれど、大きくなるまで、
どこにも行けないよ!…

РАННИЕ СБОРЫ

Мы с друзьями каждый год
Собираемся в поход:
Через реки и поля,
Через горы и моря!
Но, пока не подрастем -
Никуда мы не пойдем!..

***
最高のお手本

ぼくにはお兄さんがいる
お兄さんはいつも喜んでぼくを助けてくれて、
お兄さんにならって、
ぼくも妹を見ている!

ЛУЧШИЙ ПРИМЕР

У меня есть старший брат,
Он всегда помочь мне рад!
Я пример с него беру -
Видя младшую сестру!

***
聞き分けのいいブランコ

「ママ!ブランコに乗っていい?」
「いいよ、ただ気を付けて!」
ブランコに急いだけど
とにかく気を付けよう!

ПОСЛУШНЫЕ КАЧЕЛИ

<Мама! На качели можно?>
<Можно, только - осторожно!>
Я скорей кататься, но -
Осторожно всё равно!

***
娘の思いやり

夜になってママはくたくた…
遊ぶのをやめて
すぐにママのところに駆(か)けつけて
手伝うよ、できることは何でも

ДОЧКИНА ЗАБОТА

Мама к вечеру устала…
Я играться перестала
И быстрее к ней бегу:
Помогу - всем, чем смогу!

***
真っ先(まっさき)に…

パパが贈(おく)りものを持ってきてくれた
切手と切手帳(きってちょう)!
パパにありがとう!
切手を見るのはそれから…

ПЕРВЫМ ДЕЛОМ…

Папа мне привез в подарок
Марки и альбом для марок!
Папу я благодарю!
Марки - после посмотрю…

***
大人(おとな)になったら

パパとママが今
みんなみんなしてくれるけど
大きくなったら、パパとママの世話(せわ)を
してあげるよ!

ВЗРОСЛАЯ ПОМОЩЬ

Папа с мамою сейчас
Делают всё-всё для нас!
Вырастем, и мы о них
Позаботимся самих!

***
神さまとの一日!

朝起きるなり
すぐに神さまに祈(いの)るよ!
そして、一日中(いちにちじゅう)、どんな道でも
神さまといっしょに一歩一歩

ДЕНЬ С БОГОМ!

Утром, только я проснусь,
Сразу Богу помолюсь!
И весь день, по всем дорогам
Прошагаю - вместе с Богом!

 

修道士ワルナワ・サニン
修道士ワルナワ・サニン 『やさしい花束』の詩集より
修道士ワルナワの作品・翻訳は、どなたでもご自由に引用できます。
ただし、引用の際には、必ず著者の名前をご記載下さい。

Монах Варнава Санин, из сборника стихов <Добрый букет>. Цитировать произведения или перевод работ монаха Варнавы Санина может каждый при указании имени автора.

■2022年1月 小さな小さな子供たちの詩: やさしい花束

小さな小さな子供たちの詩: やさしい花束
СТИХИ ДЛЯ САМЫХ МАЛЕНЬКИХ: ДОБРЫЙ БУКЕТ


絵:ワルワラ・ボンディナ(1974-2013)
Рисунок: Варвара Бондина (1974-2013)

 

***
羽ばたくお客さん

ちょうちょが家に舞(ま)い降りた
何とか彼女を捕(つか)まえた
傷(きず)をつけないように
翅(はね)をいためないように…
玄関(げんかん)につれていき、そこで
花たちのところに送り出した!

КРЫЛАТАЯ ГОСТЬЯ

Бабочка влетела в дом,
Я поймал её с трудом -
Чтобы ей не навредить,
Крылышки не повредить…
Вынес на крыльцо и там
Отпустил её к цветам!

***
友だち

ワーニャくんの友だちは病気になった
喉(のど)のヒリヒリが始まった…
ワーニャくんはお見舞(みま)いに行き、
慰(なぐさ)め、食べものを手渡して、
そして、いちばん大事なこと、
彼のために祈りはじめた!

ДРУГ

Заболел у Вани друг:
Началась ангина вдруг…
Ваня друга посетил,
Пожалел и угостил,
И, что нам важней всего, -
Стал молиться за него!

***
やさしい花束(はなたば)

おばあちゃんは窓を見ている
外に行きたがっているけれど、
家の中でも玄関(げんかん)にも
足が辛(つら)くて行けない…
だから弟といっしょに内緒(ないしょ)で
花束(はなたば)を持っていった
おばあちゃんはほほえんだ
「まるでみんなで散歩に出かけたみたいよ!」

ДОБРЫЙ БУКЕТ

Смотрит бабушка в окно,
Ей на улицу бы, но -
Даже дома до порога
Тяжела ногам дорога…
Мы с братишкою без слов
Принесли букет цветов.
Бабушка заулыбалась:
<Словно с вами прогулялась!>

***
楽しい一日

弟といっしょに隠(かく)れんぼう
ベッドの周りを走りまわり、
踊(おど)って、足をドンドン、
手をパチパチ、
なわ跳(と)び、
それから、ふう、一休み

ВЕСЕЛЫЙ ДЕНЬ

Мы играли с братом в прятки,
Бегали вокруг кроватки,
Танцевали, топали
И в ладоши хлопали,
Через прыгалку скакали,
А потом - уф-фф! - отдыхали!

***
正確(せいかく)に数える

朝から数字(すうじ)の勉強(べんきょう)
「一、二、三、四、五…」
ママが言う。「六!」
ママが言うなら、納得(なっとく)!

ТОЧНЫЙ СЧЕТ

Я с утра учусь считать:
<Раз, два, три, четыре, пять…>
Мама говорит мне: <Шесть!>
Значит, так оно и есть!

***
奇蹟(きせき)の畑

私はノートに描いた
畑の奇蹟(きせき)の野菜(やさい)
かぼちゃ、ズッキーニ、ジャガイモ
しかも…その野菜たちを食べちゃったみたい!

ЧУДО-ОГОРОД

Я нарисовал в тетрадке
Чудо-овощи на грядке:
Тыкву, кабачок, картошку,
И… поел их понарошку!

***
大好きな映画(えいが)

映画(えいが)をみるのが
大好き
もし
いい映画なら!

ЛЮБИМОЕ КИНО

Я люблю
Смотреть кино,
Если -
Доброе оно!

***
仲良(なかよ)しのお祈り

私たちは毎日、家族みんなで
(怠(なま)けるときもあるけど)
仲良(なかよ)くいっしょにお祈りに立っている
これはとてもとても大切なことだよ!

ДРУЖНАЯ МОЛИТВА

На молитву каждый день,
(Хоть порой бывает лень…)
Всей семьей встаем мы дружно -
Это очень-очень нужно!

***
神さまの世界

なんと豊かな思いやりと知恵(ちえ)をもって
神さまは身の回りのすべてを整(ととの)えたのでしょう
毎日、夜のつぎに朝がきて、
道を帰ると、またおうちだよ!

それから、また暗くなる
地球(ちきゅう)の一人一人
力のかぎり働いた後に
夜には休めるように!

БОЖИЙ МИР
Как заботливо и мудро
Бог устроил всё кругом:
Каждый день за ночью - утро,
За дорогой - снова дом!

А потом опять темнеет,
Чтобы жители Земли,
Потрудясь, кто как сумеет,
Ночью отдохнуть смогли!

***
ほんとうの友情(ゆうじょう)

友だちが友だちを傷(きず)つけたけど
二人はずっといっしょ
だって、友だちだから頑張(がんば)って、
友だちをゆるしたから!

НАСТОЯЩАЯ ДРУЖБА

Друг обидел друга, но -
Они вместе все равно,
Потому что - что есть сил,
Друг обидчика простил!

***
最高(さいこう)のボール

砂場(すなば)で遊んでて
バケツを失(な)くしちゃった…
友だちが「泣かないで、
ほら、ぼくの最高(さいこう)のボールあげるから」

ЛУЧШИЙ МЯЧ

Я в песочнице играл
И ведерко потерял…
Говорит мне друг: <Не плачь, Вот тебе - мой лучший мяч!>

***
ぼくとパパのプレゼント

パパがミニカーを買ってくれ
自分でスイッチを入れ
自分が乗ろうとして、
けっきょく、夢中(むちゅう)になった!

ОБЩИЙ ПОДАРОК

Папа мне купил машинку,
Сам завел ключом пружинку,
Сам водить её старался
И в итоге - заигрался!

***
小さなお手伝い

おばあちゃんを
手伝っていた
おばあちゃんといっしょに
もっとゆっくり歩いていた!

МАЛЕНЬКАЯ ПОМОЩЬ

Бабушке я
Помогал:
С ней -
Помедленней шагал!

***
尊敬(そんけい)

お母さんはいつもどおり忙(いそが)しかった
娘はお手伝いできた
お母さんが驚(おどろ)くほど
「私の娘は大きくなった!」

УВАЖЕНИЕ

Мама, как всегда, трудилась…
Дочка ей смогла помочь -
Так, что мама удивилась:
<У меня - большая дочь!>

***
「ぼく」と「ぼくたち」

よくぼくは「ぼく!」と言っていた
でも、ある日、友だちはぼくに
真冬(まふゆ)の花みたいに
「ぼくたち」という言葉(ことば)を贈(おく)ってくれた

<Я> и <МЫ>

Говорил я часто: <Я!>
Но однажды мне друзья,
Как цветок в разгар зимы,
Подарили слово: <Мы!>

 

修道士ワルナワ・サニン
修道士ワルナワ・サニン 『やさしい花束』の詩集より
修道士ワルナワの作品・翻訳は、どなたでもご自由に引用できます。
ただし、引用の際には、必ず著者の名前をご記載下さい。

Монах Варнава Санин, из сборника стихов <Добрый букет>. Цитировать произведения или перевод работ монаха Варнавы Санина может каждый при указании имени автора.

■2021年12月 クリスマスのお話 白樺(しらかば)のクリスマスツリー

クリスマスのお話 白樺(しらかば)のクリスマスツリー
СВЯТОЧНЫЙ РАССКАЗ: БЕРЕЗОВАЯ ЕЛКА

 

降誕祭の夜に起きない奇蹟(きせき)があるでしょうか! セリョジャは、ママがクリスマスのお話を読んでくれるのを聞いて、ただ驚いていました。その全ては、寂(さび)しく寂しく始まりますが、最後は喜びで泣きたくなる終わり方です。別の結末(けつまつ)のお話もありましたが、ママは眉(まゆ)を曇(くも)らせ、飛ばしていました。その判断は正しかったのです。彼らの人生に寂しさは十分ありました。
窓の外に紺青(こんじょう)の夜が下りてきました。庭はすぐ暗くなり、シラカバだけが眩しいランターンの下で白いままでした。牡丹雪(ぼたんゆき)が、むかしクリスマスツリーのある部屋を飾っていた糸つなぎの綿玉のように降っていました。

降誕祭の前に
その幸せなときを思い出しながら、セリョジャは目を細めました。白樺はたちまちクリスマスツリーになり、向かいの家のたくさんの窓は、降誕祭を祝って輝きながら、光の花冠(はなかん)になりました。パパとママは家具や絨毯(じゅうたん)で雑然(ざつぜん)とする部屋を右往左往(うおうさおう)していました。食器棚(しょっきだな)からお祝い用の食器を取り出して、その中にチーズ、サラミ、蒸(む)した肉じゃがをよそっていました…


セリョジャは空腹の唾(つば)を飲み込み、目をみはりました。クリスマスツリーは再び白樺になり、部屋は空っぽで味気(あじけ)なく、そこには絨毯も肘掛(ひじか)け椅子(いす)もお祝いの食卓(しょくたく)もなく、パパもいませんでした…ママはボロボロのソファで横になって、いかに貧しい少年が掘っ建て小屋(ほったてごや)から宮殿(きゅうでん)へ降誕祭舞踏会(ぶとうかい)に行ったか読んでいました。パパは…最後にパパを見たのは駅で、全く同じ酔っ払い(よっぱらい)の浮浪者(ふろうしゃ)に囲(かこ)まれていました。
―これで終わり! ママは最後のページをめくりながら、言いました。
「これが本でだけのことだなんて残念(ざんねん)!」セリョジャは自分にため息をついて、大声でママに尋(たず)ねました。

―どうしてこの話しがおめでたいの?
ママは考えて、微笑(ほほえ)みました。
―たぶん降誕祭のことだから。今日でものいみが終わりだって知ってるでしょう。
―私たちはあしたもものいみ!とセリョジャはぶつぶつ言いました。
―…そして、おめでたい最も楽しい一週間がやってくる!とママはぶつぶつが聞こえなかったふりをして、続けました。
―一番悲しい一週間…と再び男の子は声を歪(ゆが)めて繰り返しました。
ママはなんとか肘(ひじ)をついて座り、テーブルの上にあるイコン前のランパーダを灯しました。
―ほら、祭日がやってきた。セリョジャ、ハリストスの降誕祭おめでとう!私たちにも本当のおめでたが欲しいけど…

ママ
言い切らないまま、彼女は壁(かべ)に向かって横になりました。肩は震えていました。どうすればセリョジャはママを助けることができるのでしょう? 抱きしめて? 優しい言葉をかけて? でもそうすると、すでに一度ならずそうだったように、泣き出してしまうから。それで彼は再び自分の窓から白樺を、そして、目の涙で虹色(にじいろ)の窓を眺めるようになりました。
彼は知っていました。ママが、今日降誕祭の祈祷にたくさんの人がくる教会で寛大(かんだい)な寄付(きふ)をいただきたいと思っていたと。そしてそのお金をどのように使うかいっしょに夢想(むそう)していたことを思い出していました。しかし、ママの心臓(しんぞう)が痛み、お医者さんは入院する必要があると言いました。でも処方箋(しょほうせん)を書きながら、「薬は自分のお金で買わなければ」と注意しました。しかも、その中のもっとも安い薬は、ママが庭の掃除婦(そうじふ)として働いていた時の月給(げっきゅう)より高かったのです。そんなお金はどこで手に入るのでしょう?

お金はどこで手に入る?
セリョジャはランパーダの火に目を向けました。パパが一番貴重(きちょう)なものは全部飲み代(のみだい)に使ってしまって、家から消えてから、家具や様々な物を古物商(こぶつしょう)に渡してしまいました。蚤の市でも売れない物しか残りませんでした。ばねの鋭い歯でいつもおびえさせるソファ、傷だらけのテーブル、足の不自由な椅子のことです…
ママは両親のイコンも売りたかったのですが、あるおばあちゃんが言いました。それは「すべての苦しむ者の喜び」と呼ばれるイコンで、もしママはその前で祈れば、神と至聖(しせい)なる生神女(しょうしんじょ)マリヤがきっと助けに来ると。
もうこの世の誰も彼らを助けることができなかったので、ママはその助言に従いました。彼女は瓶(びん)をランパーダにして安い油を注いで(そのせいで火はほとんどすぐに消えていましたが)、祈り始めました。その後は教会にも行き始め、奉神礼(ほうしんれい)の前後(ぜんご)に施(ほどこ)しを求めていました。
そして、驚いたことに、もうずっと前から彼らに売るものは何もなかったし、ママは病気のせいで仕事を辞めざるを得なかったので、お金が手に入るところはどこにもなかったけど、食べ物は、もっとも古く簡素(かんそ)でしたが、家になくなることはありませんでした。今日、一番星(いちばんぼし)の後で、彼らはお祝いの晩御飯(ライ麦のパンと玉ねぎ付きのニシン)を食べました。しかし、明日は、セリョジャは凍(こご)えながら思い出しましたが、全く食べるものが何もありません。
そこで彼はママをどうしたら助けられるかわかりました! 彼女に自分で施しを求めるために出かける力がないなら、彼が行かなければ! 気づかれないように家を出るために、ママが眠るまで、あるいはランパーダが消えるまで待つ必要がありました。しかし、今回はどういうわけか火が燃え続けていました。幸い、ママはすぐすやすや寝息(ねいき)を立て始めたので、セリョジャは急いで上着(うわぎ)を羽織(はお)り、静かにドアを出ました。

外で
通りは、色とりどりの輝きと様々な声の賑(にぎ)わいで彼を迎えました。広告の光があらゆる方向からきらめき、車は車輪(しゃりん)をシューシュー鳴らしながら雪で覆われた道路を急いでいました。人々は笑ってお祭りを喜びながら歩いています。彼を追い越す者もあれば、向こう側からすれ違う人もあります。…数十人、数百人、数千人、一人として、家に病気の母がいる孤独(こどく)な少年を気に留めません。
セリョジャは歩いていて、このすべてをどこかで見聞きした、しかもごく最近という気がしていました。「あ、そうだ」彼は思い出しました。「クリスマスのお話でです」。しかし、そこでは心ない通行人たちは100年前に生きていた人たちでしたが、この人たちではなかったのです。貧しい少年は彼自身でした。一番近くの教会と別の二つの教会では夜の奉神礼がもう終わりましたが、彼にも何か途轍(とてつ)もないことが起こりうるという気持ちが離れませんでした。
彼はもはや歩きません、通りを走っていました。そして一度だけ、大きな店に通りがかると立ち止まり、ショーウインドーに鼻を押しながら、さまざまなお菓子で溢(あふ)れるカウンターと土産(みやげ)売り場の大きなテディベアを長い間見つめていました。
やっと、町の半分を走り回ってトラムで回ってから、夜の奉神礼がまだ続く教会を見ました。教会の玄関に立ち、セリョジャはこわごわ手を伸ばし、近づく人々を見ながら、不慣(ふな)れなことを自分の中から押し出しました。
―ハリストスの名によってお願いしています!


ハリストスの名によって…お願いしています!
老人が彼の掌(てのひら)に入れた最初のルブル、彼は一生忘れませんでした。それから、一人の女性が彼に10コペイカ硬貨(こうか)を二枚与えました。もう一人はクッキーを。その後、教会前の通りはまるで死んだようでした。
セリョジャは、奉神礼の始まりに遅れたので、人々が帰り始めるその終わりまで待たなければならないことを悟りました。
教会の中では大きい声で「ハリストス生まる…」が歌われていましたが、ためらいました。だって、その間に寛大な通行人(つうこうにん)が急に現れることもあるかもしれないのですから。

同じ場所に長い間立っていたせいで、足が凍え始めました。急いで手袋(てぶくろ)を家に忘れて、今や代(か)わる代(が)わる左右(さゆう)の手をポケットに入れて温めなくてはありませんでした。結局、彼は尻をついて座って、掌を下ろさずに(だって誰かが急に通ることもあるかもしれないのですから)、すぐにも眠りに落ちそうだと感じました。
近くで誰かが大声で話していたので、眠りから覚めました。セリョジャは目を開くと、羊皮(ひつじがわ)のコートを着た背の高く二枚目の、お金持ちが持つベルト付きの分厚いカバンを抱えた男性が見えました。
―祝福してくれていいよ! ―彼が電話で誰かに言いました。 ―今痛悔したばかりで、よく言われるように、心を清らかにしました。霊(たましい)からこんな重荷を下ろしたよ…じゃ、今から休みに行く!
―ハリストスのためにお願いしています! ―セリョジャは、彼が今にも帰ってしまうことを恐(おそ)れて、凍った唇をなんとか開きました。男性は話しをやめないまま、ポケットから取り出して、ぞんざいに渡しました。セリョジャは自分の目を信じられませんでしたが、降誕祭の夜になんという奇蹟があり得るのでしょう! 百ルブル札です!
―ありがとう! 彼は囁(ささや)き、感謝が爆発(ばくはつ)して戸惑(とまど)いながら説明し始めました。「結局、おかあさんが病気で…処方箋…あしたは食べるものが…なくて…」
―十分だろう。残りは神さまがくれるよ! ―男性はセリョジャを自分なりに理解して、追い払いました。

奇蹟はあります!
そして、そこで何か不可解(ふかかい)な…不思議な…驚くべきことが起こりました! 男性の顔が急に変わりました。見下げた表情はなくなり、敬虔(けいけん)な表情に取って代わりました。喜びとほとんど恐怖(きょうふ)を持って、少年の頭上(ずじょう)のどこか右上を見つめながら、慌ててカバンの留め金をはずし、呟(つぶや)きました。
―主よ、私は…主よ、もしそれはなんじのために…なんじは貧しい人の後ろにたっていると聞いたことがありますが、それはこのように…ここで…私の前に? …ちびっこよ、どうぞ!
セリョジャは、男性が彼に与えたものを見て、呆然(ぼうぜん)としました。それはドルでした…一枚、二枚、五枚、十枚…まだまだいっぱいあるその緑色の札! 
 セリョジャはそれを掴(つか)もうとしましたが、指が寒さでかじかみ、そのお金を持てませんでした。
―主よ、彼は凍えている! 君は完全に凍えている! すでにセリョジャの方に向きながら、見知らぬ男性は叫んで命じました。「さあ、すぐに私の車の中に、私が君たちを…君を君の家まで送る!」
男性は酔っていませんでした。自分の父を見て酔っ払いがどんなものかよく知っていたセリョジャには、すぐにそれがわかりました。本当にセリョジャは振り返って自分をこんなにも助けてくれるのが誰なのか見たかったのですが、その男性が突然消えてしまうことを恐れて、従順(じゅうじゅん)に男性についていきました。

降誕祭(クリスマス)のプレゼント

車中、暖かさで溶(と)けながら、少年は、最初渋々(しぶしぶ)、そしてそれから有頂天(うちょうてん)になって、質問に詳しく答え始めました。それまでママとどのように暮らしていたか、今はどうなのか。お祝いの晩御飯のことになると、男性は突然車を止めて、セリョジャをあの大きなお店に連れて行きました。さっき自分には手の届かない商品を眺めていたショーウィンドウに。
二人は限界まで詰め込んで店を出ました。男性はチーズ、サラミ、オレンジ、お菓子、そしてケーキまで入った袋をもって車に向かい、セリョジャは大きなテディベアを抱えていました。

二人がどうやってマンションにたどり着いたか、どうやってその階にあがったのか、彼は覚えていませんでした。すべては夢のようでした。正気(しょうき)を取り戻したのは、ようやく、ママが寝ていると注意されていた男性が、爪先立(つまさきだ)って部屋に入って、周りを見回し、ささやいた時でした。
―主よ、なんじはどうしてここに…彼らはどうやしてここに…じゃ! 処方箋を持ってあしたお母さんを病院に連れて行くよ。お父さんの世話もするから。君はしばらく私のおばあちゃんのところで住むことになるね。その間に、私たちはここで主さえもてなして恥ずかしくないような修理(しゅうり)をやります!
ところで、― 男性は少年の耳に屈んで言いました。―彼はよく君たちのところにいらっしゃるの?
―だれが?とセリョジャはまばたきしました。
―えーと、彼…自らが!と男性はためらって、ランパーダがその前に燃え続けるイコンに目を向けました。―イイスス・ハリストスが!
―では、これが神さまですか?―今ようやく少年にすべてがわかりました。―これ全部神さまのおかげ?!
30分後、セリョジャは男性を見送ってから、グラグラの折りたたみベッドで横になって、夢の中で何も気づいていないお母さんの寝息に聞き耳を立てていました。窓の外では、濃紺(のうこん)が急に明るくなり始め、朝になりました。向こう側のマンションの窓の光はとうに消え、もう花冠のようには見えませんでした。白樺の木も、もはやクリスマスツリーであることを望みませんでした。しかし、少年はもうそのことに寂しくありませんでした。彼は知っていたのです。来年は、とうとう、自分たちに本当のクリスマスツリーとめでたいお祝いがきっとあると。
彼に恐ろしかったのはたった一つ。それはこのベッドの中ではなく、凍った玄関で目覚めること。でもそこで、テディベアを一層(いっそう)ぎゅっと抱き締めながら、自分を安心させました。降誕祭の夜になんという奇蹟がありうることか!

修道士ワルナワ・サニン
修道士ワルナワ・サニン
修道士ワルナワの作品・翻訳は、どなたでもご自由に引用できます。
ただし、引用の際には、必ず著者の名前をご記載下さい。

ここで使われている絵はヴャチェスラフ・ポレジャエフによるものです。

Березовая елка (святочный рассказ)
Каких только чудес не случается в Рождественскую ночь! Сережа слушал, как мама читает ему святочные рассказы, и только диву давался. Все они, начинаясь грустно-грустно, заканчивались так, что даже плакать хотелось от радости. Были, правда, и рассказы с другим концом. Но мама, хмурясь, пропускала их. И правильно делала. Печального им хватало и в жизни.
За окном наступала темно-синяя ночь. Двор быстро чернел, и только береза под ярким фонарем продолжала оставаться белой. Крупными хлопьями, словно ватные шарики на нитках, которыми они когда-то украшали комнату с елкой, падал снег.

Перед Рождеством
Вспомнив то счастливое время, Сережа прищурил глаза. Береза сразу превратилась в ель, а многочисленные горящие в честь Рождества окна дома напротив стали светящимися гирляндами. Папа с мамой сновали по заставленной мягкой мебелью и увешанной коврами комнате. Они доставали из буфета праздничную посуду и накладывали в нее сыр, колбасу, дымящуюся картошку с мясом…
Сережа сглотнул голодную слюну и открыл глаза. Ель снова стала березой, а комната – пустой и унылой, где не было ни ковров с креслами, ни праздничного стола, ни папы… Мама лежала на истрепанном диване, читая про то, как бедный мальчик однажды попал из жалкой лачуги на рождественский бал во дворец. А папа… его последний раз он видел на вокзале, в окружении точно таких же спившихся бомжей.
– Ну, вот и все! – сказала мама, переворачивая последнюю страницу.
“Как жаль, что такое бывает только в книгах!” – вздохнул про себя Сережа и вслух спросил:
– А почему эти рассказы – святочные?
Мама подумала и улыбнулась:
– Наверное, потому, что они про Рождество. Ты же ведь теперь знаешь, что сегодня кончается пост.
– Он у нас и завтра будет! – буркнул Сережа.
– … и наступает самая веселая неделя, которая называется святки! – делая вид, что не слышит его, закончила мама.
– Самая грустная неделя… – снова искаженным эхом повторил мальчик. Мама с трудом приподнялась на локте и затеплила перед стоявшей на столе иконой лампаду:
– Ну, вот и праздник. С Рождеством Христовым, сынок! Я так хотела, чтобы и у нас с тобой были настоящие святки, но…

Мама
Недоговорив, она легла лицом к стене. Плечи ее вздрагивали. Чем Сережа мог помочь ей? Обнять? Сказать что-нибудь ласковое? Но тогда она заплачет навзрыд, как это уже бывало не раз. И он опять стал глядеть в окно на березовую ель и радужные из-за слез на глазах окна.
Он знал, что мама надеялась получить сегодня щедрую милостыню у храма, куда придет на Рождество много-много людей, и, помнится, даже помогал ей мечтать, как они потратят эти деньги. Но у мамы заболело сердце, и врач сказал, что ей нужно ложиться в больницу. “Только лекарства, – предупредил он, выписывая рецепт, – надо купить за свой счет”. А самое дешевое из них стоило больше, чем мама зарабатывала за месяц, когда еще работала дворником. Где им достать таких денег?

Где достать денег?
Сережа перевел глаза на огонек лампадки. После того, как папа, пропив все самое ценное, исчез из дома, они постепенно сдали в комиссионку мебель и вещи. Осталось лишь то, чего нельзя было продать даже на “блошином” рынке: этот вечно пугающий острыми зубами пружин диван, царапанный-перецарапанный стол, хромые стулья…
Мама хотела продать и родительскую икону, но какая-то бабушка сказала, что она называется “Всех Скорбящих Радость”, и если мама будет молиться перед ней, то Бог и Пресвятая Богородица непременно придут на помощь.
Никто на свете уже больше не мог помочь им, и мама послушалась совета. Она сделала из баночки лампадку и, наливая в нее дешевого масла, отчего та почти сразу же гасла, стала молиться, а потом ходить в храм, где до и после службы просила милостыню.
И, удивительное дело, продавать им давно уже было нечего, денег достать неоткуда, потому что маме из-за болезней пришлось оставить работу, но еда, пусть самая черствая и простая, в доме не переводилась. Сегодня, после первой звездочки, они даже поужинали по-праздничному – черным хлебом с селедкой под луком! А вот завтра, холодея, вспомнил Сережа, им совсем нечего будет есть.
И тут он понял, чем может помочь маме! Если она сама не в силах пойти за милостыней, то должен идти он! Нужно было только дождаться, когда мама уснет или погаснет лампадка, чтобы он мог незаметно уйти из дома. Но огонек в этот раз почему-то горел и горел. К счастью, мама вскоре задышала по-сонному ровно, и Сережа, наскоро одевшись, неслышно скользнул за дверь.

На улице
Улица встретила его разноцветным сиянием и многоголосой суетой. Со всех сторон завывающе подмигивали огни реклам. Мчались, шипя колесами, по заснеженному асфальту автомобили. Люди, смеясь и радуясь празднику, шли – одни обгоняя его, другие навстречу… Десятки, сотни, тысячи людей, и ни одному из них не было дела до одиноко идущего мальчика, у которого дома осталась больная мать.
Сережа шел, и ему казалось, что все это он уже где-то видел и слышал, причем совсем недавно. “Ах, да! – вспомнил он. – В святочных рассказах”. Только там бездушными прохожими были жившие лет сто назад, а не эти люди, а бедным мальчиком – он сам. И хотя в ближайшем храме, и в другом, и в третьем всенощная служба уже отошла, его не покидало ощущение, что с ним тоже может произойти что-то необыкновенное.
Он уже не шел – бежал по улицам. И только раз, проходя мимо большого магазина, остановился и долго, расплющив нос о витринное стекло, смотрел на ломившиеся от всяких вкусностей прилавки и на огромного плюшевого мишку в отделе подарков.
Наконец, обежав и исколесив полгорода на трамвае, он увидел церковь, в котором еще шла ночная служба. Встав на паперти, Сережа робко протянул руку и, завидев приближавшихся людей, выдавил из себя непривычное:
– Подайте, ради Христа!

Подайте… ради Христа!
Первый рубль, который вложил ему в ладошку старичок, он запомнил на всю жизнь. Потом одна женщина дала ему две десятикопеечные монетки, а другая – пряник. И все. После этого переулок перед храмом как вымер.
Сережа понял, что, опоздав к началу службы, он должен дождаться ее окончания, когда начнут выходить люди.
Зайти же в храм, где громко пели “Христос раждается…”, он боялся – вдруг за это время появится еще какой-нибудь щедрый прохожий?
От долгого стояния на одном месте стали мерзнуть ноги. Варежки он в спешке забыл дома и теперь вынужден был поочередно греть в кармане то одну, то другую руку. Наконец он присел на корточки и, не опуская ладошки – вдруг все же кто-то пройдет мимо, – почувствовал, как быстро проваливается в сон.
…Очнулся он от близкого громкого разговора. Сережа открыл глаза и увидел высокого красивого мужчину в распахнутой дубленке, с толстой сумочкой на ремешке, какие носят богатые люди.
– Можешь поздравить! – говорил он кому-то по трубке-телефону. – Только что исповедался и, как говорится, очистил сердце! Такой груз с души снял… Все, еду теперь отдыхать!
– Подайте… ради Христа! – испугавшись, что он сейчас уйдет, с трудом разлепил заледенелые губы Сережа. Мужчина, не переставая разговаривать, достал из кармана и небрежно протянул – Сережа даже глазам не поверил, но каких только чудес не бывает в Рождественскую ночь – сто рублей!
– Спасибо! – прошептал он и сбивчиво в порыве благодарности принялся объяснять: “У меня ведь мама больна … рецепт… есть нечего завтра… было…”
– Хватит с тебя. Остальное Бог подаст! – поняв его по-своему, отмахнулся мужчина.

Чудеса есть!
И тут произошло что-то непонятное… странное… удивительное! Мужчина вдруг изменился в лице. Брезгливое выражение исчезло, и на смену ему пришло благоговейное. Он с восторгом и почти с ужасом, глядя куда-то выше и правее головы мальчика, стал торопливо расстегивать сумочку, бормоча:
– Господи, да я… Господи, да если это Тебе… Я ведь только слышал, что Ты стоишь за нищими, но чтобы это было вот так… здесь… со мною?.. Держи, малыш!
Сережа посмотрел на то, что давал ему мужчина, и обомлел. Это были доллары… Одна, вторая, пятая, десятая – и сколько их там еще – зеленоватые бумажки! Он попытался ухватить их, но пальцы так задеревенели на морозе, что не смогли удержать этого богатства.
– Господи, да он же замерз! Ты ведь замерз совсем! – обращаясь уже к Сереже, воскликнул странный мужчина и приказал: “А ну, живо ко мне в машину, я отвезу вас… тебя домой!”
Мужчина не был пьян. Сережа, хорошо знавший по папе, какими бывают пьяные, сразу понял это. Он очень хотел оглянуться и посмотреть, кто это так помогает ему, но, боясь, что мужчина вдруг исчезнет, покорно пошел за ним следом.

Рождественские подарки
В машине, отмякая в тепле, он сначала нехотя, а потом, увлекаясь, стал подробно отвечать на вопросы, как они с мамой жили раньше и как живут теперь. Когда же дошел до того, каким был у них праздничный ужин, мужчина резко затормозил машину и повел Сережу в тот самый большой магазин, у витрины которого он любовался недоступными ему товарами.
Из магазина они вышли нагруженными до предела. Мужчина шел к машине с пакетами, в которых были сыр, колбаса, апельсины, конфеты и даже торт, а Сережа прижимал к груди огромного плюшевого мишку.
Как они доехали до дома, как поднялись на этаж, он не помнил. Все происходило как во все. Пришел он в себя только тогда, когда предупрежденный, что мама спит, мужчина на цыпочках пробрался в комнату, осмотрелся и прошептал:
– Господи, да как же Ты сюда… да как же они здесь… Значит, так! Рецепт я забираю с собой и завтра же отвожу твою маму в больницу. Папой тоже займусь. Ты пока поживешь у моей бабушки. А здесь мы за это время такой ремонт сделаем, что самого Господа не стыдно принимать будет! Кстати, – наклонился он к уху мальчика, – а Он часто у вас бывает?
– Кто? – заморгал Сережа.
– Ну, Сам… Он! – мужчина замялся и показал взглядом на икону, перед которой продолжала гореть лампадка. – Иисус Христос!
– Так значит, это был Он? – только теперь понял все мальчик. – И все это – благодаря Ему?!
Через полчаса Сережа, проводив мужчину, лежал на своей расшатанной раскладушке и слушал, как дышит во сне даже не подозревавшая ни о чем мама. За окном быстро наступало светло-синее утро. Окна в доме напротив давно погасли и не казались уже гирляндами. Береза тоже не хотела больше быть елью. Но ему теперь не было грустно от этого. Он знал, что в следующем году наконец-то и у них обязательно будут настоящая елка и святки.
Единственное, чего он страшился, так это проснуться не в этой постели, а на промерзшей паперти. Но тут же, сжимая покрепче плюшевого мишку, успокаивал себя: ведь каких только чудес не случается в Рождественскую ночь!
Монах Варнава (Санин)

Цитировать произведения или перевод работ монаха Варнавы Санина может каждый при указании имени автора. Здесь представлены рисунки Вячеслава Полежаева.

■2021年12月 子供たちの詩:祈り、罪、痛悔

子供たちの詩:祈り、罪、痛悔
ДЕТСКИЕ СТИХИ: МОЛИТВА, ГРЕХ, ИСПОВЕДЬ


絵:ワルワラ・ボンディナ (1974-2013)
Рисунок: Варвара Бондина (1974-2013)

 

***
ハリストスの降誕祭
あるいは最もよい贈り物

カレンダーから
1月6日を破ったら、
その下に一枚
『ハリストスの降誕祭』!

何をしたら?どうしよう?
始まった悩み
神様の誕生日に
何を贈ろう?
本? 鉛筆(えんぴつ)? お菓子?
もしかして、この箱はどうかな?
くまさん? かたな?
それともぼくの大好きな鉄砲(てっぽう)?

鉛筆はだめだ
神様に何か贈れるかな?
神様が持ってない物あるかな?
神様にお菓子?まさか!

切符のアルバムをめくってみたけど、
これも贈れないよ!
箱に投げ戻したのはかたな
ぼくの大好きな鉄砲…

一日中大騒ぎ
もうほとんど夢の中のよう
涙ぐむまでのささやき
ハリストス、誕生日おめでとう!

РОЖДЕСТВО ХРИСТОВО 
или 
ЛУЧШИЙ ПОДАРОК

Я сорвал с календаря
Лист шестого января.
А под ним два слова:
<Рождество Христово>!
Что же делать? Как же быть?
Начались мученья:
Что мне Богу подарить
В день Его рожденья?
Книгу? Карандаш? Конфету?
Может быть, коробку эту?..
Мишку? Саблю? Или пушку —
Мою лучшую игрушку?
Отложил я карандаш:
Разве Богу что-то дашь?
Ну, чего у Бога нету?
И зачем Ему — конфету?!
Полистал альбом для марок —
Это тоже не подарок!
Бросил в ящик саблю, пушку —
Мою лучшую игрушку…
Целый день прошел в возне.
И уже почти во сне
Я шепнул до самых слез.
— С днем рождения, Христос.

***
痛悔

わたし今夜あまりすることが
なかったのかな?
夜わたし家族全員に
つらくあたってしまった!

お父さんにも、お母さんにも、お婆(ばあ)ちゃんにも、
遊んでいた時弟にも、
「せっせっせ」を
しながら小さな妹にも

おばさんにも、おじさんにも、お爺(じい)ちゃんにも
友達にも。あーあ!
私、地獄(じごく)に行きたいの?いえいえ!
天国を選ぶさ!

その晩イコンの前に
すぐ立った。
叩拝(こうはい)しながらこの罪について
神さまに話した。

晩ご飯でわたしのささやき
「悪いのはわたし」…
いいえ、あの地獄は私たちに
全くいらない!

そこでは、わたしは聞いたけど、
悪の炎が皆を飲み込んでいると。
罪人がそこで
痛い痛い痛い目にあうと!

神様と一緒(いっしょ)なら
無礼(ぶれい)と嫉妬(しっと)の出る幕はないわ。
これからはひどい目にあわないよう、
良い子になるよ。

すると、明日から
わたしをうろたえさせても、
みんなが新しい私に
出会えるよ!

ИСПОВЕДЬ

Делать, что ли, нечего
В этот вечер мне?
Нагрубил я вечером
Всей своей родне!
Папе, маме, бабушке,
Братику в игре,
И, играя в ладушки,
Маленькой сестре!
Тете, дяде, дедушке,
Другу — ай-ай-ай!
В ад хочу я? Нетушки!
Выбираю рай!
Я перед иконами
В тот же вечер встал,
И про грех с поклонами
Богу рассказал.
Прошептал за ужином
Всем, что виноват…
Нет, совсем не нужен нам
Этот самый ад!
Там, я слышал, поедом
Всех огонь ест злой.
Грешников такое там
Ждет, что ой-ой-ой!
Грубости и зависти
Места с Богом нет.
Буду так себя вести,
Чтоб не ведать бед.
Значит, вы увидите
С завтрашнего дня,
Даже коль обидите,
Нового меня!

***
ハリストスが釘打たれた十字架

主、私の神よ、
十字架からでさえ
あなたは私を抱き締めるため
自分の腕(うで)を開いている!

聖なる十字架で
静かに立って、
ハリストスの苦しみを
音もなく眺(なが)めて、

十字架の裾(すそ)に接吻(せっぷん)しながら、
泣いている
そして…ハリストスに
抱かれている!

РАСПЯТЬЕ

Господи, Боже мой,
Даже с Распятья
Ты мне Свои
Раскрываешь объятья!
Тихо стою
У святого Креста,
Молча смотрю
На мученья Христа,
Плачу, целуя
Подножье Распятья
И… попадаю
В Христовы объятья!

***
偶像(ぐうぞう)

周りには偶像がこんなにたくさん
家々は偶像で氾濫(はんらん)!
テレビ、ほら、
全世界を誘惑(ゆうわく)した偶像だ

電話は多くの人の偶像
ビデオカセットも、
映画俳優(えいが はいゆう)の写真もそう、
美味しいお菓子も、
好きすぎると、
偶像になるよ

玄関から家を精査(せいさ)しよう
私たちに神様より大切なものは、
全ては数え切れないが、
それは偶像なのだ!

ИДОЛЫ

Сколько идолов кругом —
Ими полон каждый дом!
Телевизор — вот кумир,
Соблазнивший целый мир.
Идол многих — телефон,
Видеомагнитофон,
Кинозвезд фотопортреты…
Даже вкусные конфеты,
Если слишком их любить,
Могут идолами быть!
Оглядите дом с порога:
Все, что нам дороже Бога,
А всего не перечесть, —
Это идолы и есть!

***
教訓(きょうくん)

当たり前のことだけど、
私が誰かをうろたえさせたら、
誰も見てなくても、
その悪が私に返ってくる
同じ言葉、同じ痛み、
様々な厄介(やっかい)…

では、なぜこのような教訓から
なかなか学ばないのか?

УРОК
Если я кого обидел,
Так уж получается —
Даже пусть никто не видел,
Зло мне возвращается:
Тем же словом, той же болью,
Неприятностью любою…
Почему ж такой урок
Не идет никак мне впрок?..

***
不寛容(ふかんよう)

もし心がまだ
他人の罪を赦(ゆる)す用意がないなら、
神さまは私の全ての罪を、しかもいつまでも
どのように赦すのか?

НЕПРОЩЕНЬЕ

Если сердце не готово
За грешок простить другого,
Как мне Бог простит тогда
Все грехи и навсегда?

***
中傷(ちゅうしょう)

中傷は危険な敵
「バカ!」とか
「耳が遠い!」とか
単なる「悪い」とか言えば

冗談でも
誰かをあざ笑うなら、
その瞬間からあなたは
中傷の友となると覚えてね

どうして頭を下げたの?
このような人は単なる中傷者!
ところですぐさま、全く同じに
あなたに言う。「バカ!」とか
「耳が遠い!」とか
ましな場合は「悪い…」

その中傷との出会いは
偶然ではない
中傷はブーメランのように
中傷として返ってきて私たちを打ち倒すから!

КЛЕВЕТА
Клевета — опасный враг.
Если скажешь: <Он — дурак!>
Или: <Он, как пень глухой!>
Или просто: <Он плохой…>
Если высмеешь кого-то
Даже в виде анекдота,
Знай, что ты с минуты той
Подружился с клеветой.
И зовут таких — что сник?
Очень просто: клеветник!
Вскоре, кстати, точно так
Скажут о тебе: <Дурак!>
Или: <Он, как пень глухой!>
В лучшем случае: <Плохой…>
Встреча будет неспроста
С клеветою тою:
Бумерангом клевета
Бьет нас клеветою!
***
恩知らず

誰がいつも私たちに全てを与えるのか?
もちろん、神さま!
だが、災い!
この真実を忘れて、
私はケーキ、ゲーム、お菓子のために
神さま以外のみんなには
感謝がうまい…
とんでもない!

НЕБЛАГОДАРНОСТЬ

Кто дает нам все всегда?
Бог, конечно!
Но беда —
Истину забывши эту,
Я за торт, игру, конфету
Всех благодарить мастак,
Кроме Бога…
Как же так?!

***
ものいみの日
(水曜日と金曜日)
どこにいても、私がハリストスに誠実であるか、
この二日が検査(けんさ)している。
一週間という顔の二つの目のようにこの二日は
言葉ではなく、行いで私がどのような人か見ている。

ПОСТНЫЕ ДНИ
(среда и пятница)

Где бы я ни был — эти два дня
На верность Христу проверяют меня.
Будто два глаза на лике недели
Смотрят: каков я не в слове, а в деле!
***
悔い改め

舌をどんなに見張っても、舌はいつも
ウソをつく用意ができている!
私は今日、学校でも、お父さんにも、
お母さんにも、友人コーリャにもウソをついてしまった。
少しずつ、あっちこっちでウソをついて、
丸ごとウソつきになった。
だが、自分を責めながら、言う
「主よ、おゆるしください!」

ПОКАЯНИЕ
Как язык ни сторожи —
Он всегда готов ко лжи!
Я солгал сегодня в школе,
Папе, маме, другу Коле.
По чуть-чуть, то там, то здесь
Ложь сказав, залгался весь.
Но скажу, себя виня:
<Господи, прости меня!>

***
告げ口さん

あれあれ、世の中のみんなについて
こう言ったり、ささやいたのは誰?
「マリンカはお菓子ばっか!
セルゲイは言った。『ばか!』
からかう弟!
いたずらな妹!」
このような告げ口さんは
恥じることなく悪いことまるごと広め、
自分のことさえ
「私は厄介者(やっかいもの)!」だと
私たちに知らせ、教えている

ЯБЕДА

Это ж кто про всех на свете
Говорит и шепчет так:
— А Маринка вся в конфете!
А Сергей сказал: <Дурак!>
А братишка дразнится!
А сестра — проказница!
Это ябеда разносит
Все плохое без стыда.
Даже на себя доносит,
Говорит нам:
Я — беда!

***

「舌は敵!」だって
でもどうして?
もし中傷、嘘、
おしゃべり、口ごたえ、
言い合い、批判、けんかをやめて、
祈って、仲直りすれば、
すぐでも、急でもないけど
舌は敵ではなく、友だちだよ!

ЯЗЫК

Говорят: язык мой — враг!
Ну, зачем его мы так?
Если прекратить злословить,
Лгать, перечить, многословить,
Спорить, осуждать, ругаться,
А молиться, примиряться, —
Пусть не сразу, пусть не вдруг,
Будет он не враг, а — друг!

***
イコン

神さまの力でいっぱい
どんな家にもある
神さまのことをあまり忘れない
どんな家にも置いてある
知っといてね!祈りとものいみと共に
イコンの全てが描かれている
聖なる光の神さまも、
生神女マリヤも、
私たちにはイコンでしか見えない
それほど清らかなもの、
それが天使、
そして神の聖人も!
ほら、勝利の冠を被っている
聖人は矛で竜を刺している…
これは絵でもなく、写真でもない
これは聖像で、イコン!

ИКОНА
Божьей силою полна,
В каждом доме есть она,
В каждом доме, где про Бога
Люди помнят хоть немного.
Знай: с молитвой и постом
Все на ней выводится:
Бог, в сиянии святом,
Или Богородица,
Или Ангелов чины,
Что нам только здесь видны,
Так они чисты, и —
Божий святые!
Вот — копьем в венце побед
Бьет святой дракона…
Не картина, не портрет
Это, а — икона!

***
手作りのイコン

去年のカレンダーは喜びをいっぱい
私に贈っている
だって「変容祭(へんようさい)」
という祭日がそこで描かれている!

カレンダーと厚紙、のりをとった。
厚紙の四角に
その絵を上に貼り付けた。
どうなった?イコンになった!

拝むのは私だけど、
でも大好きなイコンよ!

ИКОНА САМОДЕЛЬНАЯ

Много радости мне дарит
Прошлогодний календарик —
Ведь на нем изображенье
Праздника <Преображенье>!
Взял его, бумагу, клей я
И картинкой вверх приклеил
На квадратик из картона.
Получилось что? Икона!
Пусть лишь мною чтимая,
Но зато — любимая!

***
最初の祈り

今日は何のお祝い?
平日にお祝いのケーキだい!
私は祈りを覚えた
神さまが自ら私を手伝ってくれた!

わたしは今日初めて
大好きなお姉ちゃんを真似(まね)して
私たちのために繰り返し祈ったよ
「主、あわれめよ」!

お日さまが窓にキラキラ
お姉ちゃんはママにまっしぐら
ママが私たちに作ってくれたケーキ
今は私たちが食べる時

でも今は昼ご飯前
私はテーブルに慌(あわ)てない
お姉ちゃんとママにならい
大人みたいに祈るから!

ПЕРВАЯ МОЛИТВА

Что за праздник здесь случился?
В будни — праздничный пирог!
Я — молиться научился:
В этом мне Сам Бог помог!
Я сегодня первый раз
За сестренкой милой
Повторил, молясь за нас:
<Господи, помилуй!>
Солнце брызнуло по окнам!
К маме бросилась сестра.
Мама испекла пирог нам,
И его нам есть пора.
Но теперь перед обедом
Я за стол не тороплюсь.
За сестрой и мамой следом.
Словно взрослый — помолюсь!

***
贈り物に祈りを

この詩を一人のおばあちゃんが
私の耳にささやいた。
この詩をくれたのは修道女(しゅうどうじょ)、
覚えるのは難しくないよ

「主、私の慰め主
主、私の救い主
私を地獄から救って
私と一緒に常にいて!」

私はすぐにこの詩を暗記したよ!
あんまり言葉がやさしくて
一回目で覚えたよ…
あなたは何回目?

МОЛИТВА В ПОДАРОК

Этот стих одна старушка
Прошептала мне на ушко.
Ей его дала монашка,
И учить его не тяжко:
<Господь — моя отрада,
Господь — Спаситель мой,
Избавь меня от ада
И будь всегда со мной!>
Я его запомнил сразу —
То есть с первого же разу,
Так его слова просты…
А с какого раза ты?

***
仲良しのお祈り

呼び鈴が鳴った
電報だ!
パパは悲しく、ママは涙
お兄ちゃんはため息
大変だ!
マーシャおばあちゃんが病気…

私はすぐベッドから降りて、
- 一緒にお祈りをしよう!
- そうそう! そうしよう!
ロウソクをつけ、
夜中まで一晩中
私たちは一斉(いっせい)に神さまに祈った
これがマーシャおばあちゃんに必要!

すぐまた呼び鈴(りん)が鳴った
すると悲しみが喜びになった!
一緒に電報を見
良い知らせに私たちの喜び
私たちの仲良しのお祈りで
マーシャおばあちゃんは治った!

パパも嬉(うれ)しい、ママも嬉しい
お兄ちゃんのささやき
- いつもこうでなきゃ
もし誰かが病気になったら、
すぐにお祈りをしなくちゃ!

ДРУЖНАЯ МОЛИТВА

В дверь звонок:
— Вам телеграмма!
Грустен папа, плачет мама.
Брат вздыхает:
— Плохо дело —
Баба Маша заболела…
Я скорей встаю с кровати:
— Так помолимся давайте!
— Верно!
Зажигаем свечи,
И до ночи целый вечер
Богу молимся мы дружно —
Это бабе Маше нужно!
Вновь звонок раздался вскоре
И сменила радость горе!
Телеграмму смотрим вместе,
Радуемся доброй вести.
Исцелилась баба Маша
По молитве дружной нашей!
Папа рад, И мама рада.
Шепчет брат:
— Всегда так надо:
Если болен кто из нас,
То молиться сей же час!

***
子守り歌

ねんねんころりよ
主はあなたと一緒、私の子よ、
ふるさとの青い川のよう
夢がただよう

夜明けまで
通りも家も眠りに落ちる
お菓子も夢見ながら、
ぐっすり眠っている

ねんねんころりよ
子猫たち三匹は母猫の夢
そしてでっぷり大猫は
スズメの夢

ねんねんころりよ
トンボもカタツムリも
柵(さく)も正門も寝ている
庭は小屋で寝ている

教会のそばの木は寝ている
パパも横になっている
そして、あなたの大好きなママも
眠たい…

ねんねんころりよ
扉を閉めて
一人にしない
信じて

守護天使(しゅごてんし)があなたに
天の住まいについて
天使の歌を歌うよ…
ねんねんころりよ

КОЛЫБЕЛЬНАЯ

Спи, малыш, Господь с тобою,
Баюшки-баю!
Сон рекою голубою
Лег в родном краю.
Засыпают до рассвета
Улицы, дома.
Сладко-сладко спит конфета,
Снясь себе сама!
Снится трем котятам кошка.
Баюшки-баю!
И увесистая крошка
Снится воробью!
Спят стрекозы и улитки.
Баю-баю-бай!
Спят заборы и калитки,
Спит в саду сарай.
Спят деревья возле храма,
Папа лег в кровать.
И твоя родная мама
Тоже хочет спать…
Спи спокойно, баю-баю,
Закрывая дверь,
Я тебя не оставляю
Одного, поверь.
Будет Ангел твой хранитель
Песню петь свою
Про небесную Обитель…
Баюшки-баю!

***
秋の子守り歌

松の木の緑の手で
秋は一冬のため
寝る準備をしていた・・・

ねんねんころりよ
おころりよ

雨風(あめかぜ)や吹雪(ふぶき)は
暖かい雪で
寝床(ねどこ)の彼女を覆(おお)う

ねんねんころりよ
おころりよ

冬が終わると、緑の春に
眠りを知らない泉が道に
流れていく

ねんねんころりよ
おころりよ

それから主が夏を与え、
優しいお日さまの光で
全ての地が暖まる

ねんねんころりよ
おころりよ

ОСЕННЯЯ КОЛЫБЕЛЬНАЯ

На зелёных лапах сосен
Спать укладывалась осень
На всю зиму…
Баю-бай,
Поскорее засыпай!
Будут вьюги и метели
Укрывать её в постели
Теплым снегом…
Баю-бай,
Поскорее засыпай!
За зимой — весной зелёной
Побежит ручей бессонный
По дорогам…
Баю-бай,
Поскорее засыпай.
А потом Господь даст лето,
Будет вся земля согрета
Добрым солнцем…
Баю-бай,
За-сы-пай…

 

修道士ワルナワ・サニン
修道士ワルナワ・サニン 『子供達の詩集より』
修道士ワルナワの作品・翻訳は、どなたでもご自由に引用できます。
ただし、引用の際には、必ず著者の名前をご記載下さい。

Монах Варнава Санин, из сборника детских стихов. Цитировать произведения или перевод работ монаха Варнавы Санина может каждый при указании имени автора.

■2021年11月 子供たちの詩:神さま、守護天使

子供たちの詩:神さま、守護天使
ДЕТСКИЕ СТИХИ: БОГ, АНГЕЛ-ХРАНИТЕЛЬ


絵:ワルワラ・ボンディナ (1974-2013)
Рисунок: Варвара Бондина (1974-2013)

 

***
主よ、私を祝福してください
この日の朝の
最初の瞬き、最初の一息に
良くも悪くも今日一日に

私をさらに祝福してください
一日の行い全てに
一時一時、一歩一歩に
敵が私を圧倒しないように

全ての道の分かれ道で
森で、人々の中で
そして、最後は日暮れ時に
夜に私を祝福してください

Благослови, Господь, меня
На утро нынешнего дня,
На первый миг, на первый вдох,
На день — хорош он или плох.
Благослови еще меня
На все дела в теченье дня,
На каждый час, на каждый шаг,
Чтоб не осилил меня враг,
На перекрестках всех путей,
В лесной глуши, среди людей…
И, наконец, на склоне дня
Благослови на ночь меня!

***
親友

喜びでお日様も
舞い踊っているよ
分かったこと
神は友人以上!
神はどこでも、様々な悪から
守りながら、
私を見て、聞いて、愛しているよ!

ЛУЧШИЙ ДРУГ
От радости пляшет
сам солнечный круг:
Узнал я, что Бог —
это больше, чем друг!
Что всюду, от всякой
напасти храня,
Он видит, и слышит,
и любит меня!

***
神さま

神様はどこでもいるよ
空に、空気に、水に
神様は全てが見え、神様は全てを知っていて
世界の全ての人々を理解しているよ。
私とあなたの救世主
どこでもいる。活きている!

БОГ

Бог повсюду. Он — везде:
В небе, воздухе, воде.
Всё Он видит, всё Он знает,
Всех на свете понимает.
Он — Спаситель мой и твой.
Он повсюду. Он — живой!

***
守護天使

神は洗礼の時に私に天使を与えた。
天使を一度も目にしたことはないけど
知ってるし信じてるよ
毎日天使が私を敵から守っていること!

守護天使は昼も夜も私と隣り合い、
どこでいても急いで私を助けてくれる!
世界中で天使以上のお医者さんを知らない
けど、よく天使をうろたえさせることがある…

嘘をついたり、怠けたり、誰かとケンカして、
天使は私から離れて、その後泣いている。
その時、私に近づくのは悪魔
天使よ、お赦しください。あなたがいないと、困るわ!

АНГЕЛ-ХРАНИТЕЛЬ

Ангела Бог при крещеньи мне дал.
Пусть я его никогда не видал,
Знаю и верю, что день изо дня
Он от врагов защищает меня!
Ангел Хранитель со мной день и ночь,
Где бы я ни был — спешит мне помочь!
Лучшего в мире не знаю врача я,
Только вот часто его огорчаю…
Лгу я, ленюсь или ссорюсь я с кем —
Ангел отходит и плачет затем.
Бесы ко мне подступают тогда.
Ангел, прости, без тебя мне — беда!

***
天の友

起きた後も寝る前も
聖なる祭壇に立って、
イコンを見つめて、
祝福を受ける形に手を組んで、

そして、言う。「私の天の友よ、
明るくて、奇跡のような天使よ、
私の思いやり溢れる守護者
そして、祈りの教導者!」

丸い暈(かさ)がこがねに輝いている
うんうん!友達が私に耳を傾けている!
だから、私は無言ではなく、
静かにささやく。

「あなたは目に見えないけど、忠実で
私の一所懸命な守り手
私が素直で、優しく慎ましい、正直で、
必要とされる人になるように助けて!」

それから私は遊びに出かける
また、夜なら寝る
そして昼も夜も
天使は私のとなりにいるよ!

НЕБЕСНЫЙ ДРУГ

После сна и перед сном,
Встану я в углу святом,
На икону погляжу,
Руки лодочкой сложу,
И скажу: <Мой друг небесный,
Ангел светлый и чудесный,
Мой заботливый хранитель
И молитвам научитель!>
Золотится нимба круг.
Знаю, слышит меня друг!
Потому я не молчу,
А тихонечко шепчу:
<Ты, заступник мой усердный,
Хоть невидимый, но верный,
Помоги мне стать послушным,
Добрым, честным, скромным, нужным!>
После я иду играть
Или (если вечер) спать,
И всю ночь, и среди дня
Ангел около меня!
***
すべては神さまから!

この広い世界で、
私のふるさとの地球で
地下、天上、海中にあるもの全て、
帆を張る風も、
人やトンボ、
狼やウサギ、ヤギも、
猫やネズミ、そして象も、
目にも見えないアブラムシも、
いいえ、数え切れない!
あるもの全部 全部 全部
道端の石でさえも
私たちの主が創ったのよ!

ВСЕ — ОТ БОГА!
Все, что есть на белом свете,
На моей родной планете,
Под землей, на небесах,
Море, ветер в парусах,
Человека, стрекозу,
Волка, зайца и козу,
Кошку, мышку и слона,
Тлю, что даже не видна…
Нет — всего не перечесть!
Все-все-все, что только есть —
Даже камни вдоль дорог —
Сотворил Господь наш Бог!

***
赤ん坊の口から

尋ねたことがある。「みんな、
この世に神様にはいますか?」
そして、子供たちみんなすらすら
優しく私に叫んだ。「はい!」

この言葉を聞いてから
私はまた子供たちに尋ねた。「みんな、
神様なしで世界はあるかな」
すると子供たちは言った。「いいえ!」

そこで私は大声。「みんな、
この世はなんて素晴らしいのでしょう!
その全てを造ったのは誰でしょう?」
すると聞こえた答えは、「神様!」

УСТАМИ МЛАДЕНЦЕВ

Я спросил однажды <Дети,
Есть ли Бог на белом свете?>
И все дети, без труда,
Дружно крикнули мне: <Да-а!>
Я, слова услышав эти,
Вновь спросил: <Скажите, дети,
А без Бога может свет?>
И сказали дети: <Не-ет!>
Я тогда воскликнул: <Дети,
Хорошо-то как на свете!
Кто создать все это мог>
И в ответ услышал: <Бог!>

 

修道士ワルナワ・サニン
修道士ワルナワ・サニン 『子供達の詩集より』
修道士ワルナワの作品・翻訳は、どなたでもご自由に引用できます。
ただし、引用の際には、必ず著者の名前をご記載下さい。

Монах Варнава Санин, из сборника детских стихов. Цитировать произведения или перевод работ монаха Варнавы Санина может каждый при указании имени автора.

■2021年10月 神の審判、悔い改め、永遠(第七章)


神の審判、悔い改め、永遠
СУД БОЖИЙ, ПОКАЯНИЕ, ВЕЧНОСТЬ


神の審判
Суд Божий

 

***
このことを多くの人々は
ほとんど知らないが、
神の審判
それはいま「危機(クライシス)」1 と呼ばれている!

Об этом знают многие
Едва ли:
Суд Божий –
Теперь «Кризисом» назвали!2

***
しかし、先祖は知っていた。
もし災難がはびこれば、
それが意味するのは
世界の神からの別離!

А предки знали:
Если общая беда,
То, значит, –
Отступил от Бога мир тогда!

「危機(クライシス)」(ギκρίσις、英crisis)はギリシャ語の言葉で、翻訳すれば「審判」を意味します…あなたが訊ねているのは、この危機の原因ですか、それとも神の審判の原因ですか?原因はいつもただ一つです。すべての旱魃、洪水、伝染病などの災害の原因は現在の危機の原因と同じです。それは人間が神から離れたことです…私たちの罪によってこの危機も起こっています。この危機がいつまで続くでしょうか?高慢な有罪者が全能者の勝利を認めるまでです。人々が不可解な「クライシス」という言葉を母国語に訳し、その意味を理解し、痛悔のため息をもって「神の審判!」と叫ぶまでです。セルビアの聖ニコライ(1881−1956)(宣教の手紙、K.神父宛ての第八の手紙、世界の危機について)

2 «Кризис» – слово греческое, в переводе оно означает «суд»… Ты спрашиваешь о причине настоящего кризиса, или суда Божиего? Причина всегда одна. Причина всех засух, наводнений, эпидемий и других бед та же, что и нынешнего кризиса, - богоотступничество… По грехам и кризис. Как долго продлится кризис? До тех пор, пока надменные виновники не признают победу Всесильного. До тех пор, пока люди не догадаются непонятное слово «кризис» перевести на свой родной язык и с покаянным вздохом не воскликнут: «суд Божий!». Свт.Николай Сербский. (1881 – 1956 гг.). (Миссионерские письма. Письмо 8, священнику К., о мировом кризисе).

***
すべてが明らかだった。
これが神の審判。
それは今、
クライシス(危機)と言われているのだ!

Всё было ясно:
Это Божий суд,
Который теперь –
Кризисом зовут!..

***
そして涙ながらに痛悔していた
当時は全員が!
しかし、今は?
してはいるが、全員でもなく、常にでもない!

И слёзно каялся
Весь люд тогда!
А нынче?
Тоже: но не все и не всегда!.

***
神から遠くなり、
心が離れれば離れるほど、
いっそう近くなるのは
おわりの始まり!

Чем дальше от Бога
Уходят сердца,
Тем ближе они –
До начала конца!

***
神なき霊(たましい)は
まるごとすっかり疲れ果てた。
が、神なき霊(たましい)はその他に何を
期待できるだろう。

Душа без Бога
Вся вконец изнемогла…
Ну, а на что она –
Надеяться могла?

***
世界が選ぶのは
地上のものばかり!
だが、天上のものは
忘れ去られている…

Мир лишь земное
Выбирает!
А о Небесном –
Забывает…

***
地上の物が
その終わりを迎えるとき、
地上の物なしで生きられない者は
どうなるだろう?

Когда земное –
До конца пройдет,
Что тех, кто без него не может
Ждет?..

***
世界の人々は、
それぞれ自分の道を歩んでいる。
その時、思い込んでいるのは、
その歩みが神とともにあるということ…

Мир по своим
Идет дорогам,
При этом думая –
Что с Богом…

***
神なき道が
導くところは、
世界が永遠の不幸へと
陥るところ!

Без Бога
Путь ведет туда,
Где мир ждет –
Вечная беда!

***
もし神なくして
人が生きるのであれば、
彼は自らどこに
最後に行き着くのか…

Если без Бога
Человек живет,
Куда он сам –
В конце концов придет?..

***
人生とは
道なのだ。
神への道か、
神から遠ざかる道なのか!

Жизнь –
Это дорога:
К Богу,
Иль от Бога!

***
痛悔の念を
抱かなかった者は
救いへの道を
見つけなかったのだ!

Кто к покаянью
Не пришел,
Тот путь к спасенью –
Не нашел!

***
痛悔して、
霊(たましい)は軽率(けいそつ)!
そしてまた罪を犯して
生き続けている…

Покается –
Беспечная – душа!
И –
Дальше продолжает жить, греша…

***
人生が持つ
永遠の続き
二つに一つ
至福か疼(うず)き!

Жизнь
Вечное имеет продолженье –
Одно из двух:
Блаженство, иль мученье!

***
最も危険な
道とは、
神なく人が
歩むところ!

Самая опасная
Дорога –
Та, где человек идет
Без Бога!

***
どこでも、いつもは
生涯間に合っていて
救いには
永遠に手遅れ…

По жизни успевал
Везде, всегда!
Но – опоздал
К спасенью навсегда…

***
人生が罪にまみれて
痛悔がないなら
向かうは
永遠のいばら!

Жизнь во грехах,
Без покаянья –
Идет
На вечные страданья!..

***
そう、地上の人生は
数十年…
だがその後は
終わりも果てもない人生!

Да, жизнь земная –
Несколько десятков лет…
Зато потом –
Жизни конца и края нет!

***
地上のものが求めるのは
地上のもの…
天上のものが求めるのは
全く別物!

Земное требует –
Земного…
Небесное –
Совсем иного!

***
自分の救いを
慈しまなかった者
地上を
神なくして生きた者…

Своим спасением
Не дорожил
Тот, кто без Бога
На Земле прожил…

***
私たちの人生でそれが
重要か否か
永遠が
最終の答えを出す!

Что в нашей жизни важно,
Или нет –
Даст Вечность
Окончательный ответ!

***
永遠が
待ち受けるのに
軽率が
ありえようか?!

Какая может быть
Беспечность,
Когда нас ожидает –
Вечность?!

***
私たちが死ぬのは
重要ではない…
重要なのは
その後何が霊(たましい)を待ち受けているか!

Важно не то,
Что мы умрем…
А то –
Что душу ждет потом!

***
あらゆる道の
分かれ道
必要なのは
ただ神の道!

На развилке
Всех дорог
Только та нужна,
Где – Бог!

***
地上の災いは
不幸ではない!
不幸は
ただ永遠に続く災い…

Земное горе –
Не беда!
Беда –
Лишь горе навсегда…

***
片言隻句(へんげんせきく)が永遠に
向かう
そして私たちと、恐るべき審判の時に
出会う

Каждое слово в Вечность
Перейдет,
И нас, когда наступит Страшный Суд,
Найдет!

***
いま人々
出した言葉
私たちの永遠が来ると
私たちを迎えるとは!

Слова людей,
Произносимые сейчас,
Когда настанет наша Вечность,
Встретят нас!

***
私たちの言葉は
どう響くのか
判断するのは
私たちではない!

Как наше слово
Отзовется –
Судить уже не нам
Придется!..

***
もし神に
道が通じていない時
そんな道に
出向くのは狂気!

Если дорога ведет
Не к Богу –
Безумство пускаться
В такую дорогу!

***
自由意志で
人は
選択する
常永久(とことわ)!

Свободной волей
Человек
Свой выбор делает –
Навек!

***
神と霊(たましい)!
人は罪を犯しながら生きていた…
現在
霊(たましい)が待つのは痛悔!

Бог и душа!
Жил человек, греша…
Теперь
Ждет покаянья душа!

***
霊(たましい)と神!
そして多くの道あり…
嗚呼(ああ)!ただ正しい道を
各人が見つけるよう!

Душа и Бог!
И – множество дорог…
О! Только верную найти бы
Каждый смог!

***
いかに重い
罪であれ
神は痛悔で
皆を赦す!

Каким бы ни был тяжким
Грех,
Бог в покаянии прощает –
Всех!

***
自分の霊(たましい)を
滅ぼしながら生きる人
自らを
ただ愛していない!

Те, кто живут,
Свои души губя,
Просто не любят –
Сами себя!

***
自分の霊(たましい)を滅ぼして
生きている人々は
優しく言って
自分を憎んでいる!

Тот, кто живет
Свою душу губя,
Мягко сказать,
Ненавидит себя!

***
神よ
人生の道で
救いに向かうことを
私たちに与え給え!

Дай, Бог,
На жизненном пути
Нам –
Ко спасению идти!

***
死への道は
誕生に始まるが、
その目的は、
滅びではなく永遠の救い!

Путь к смерти начинается
С рожденья…
Но не для гибели, а –
Вечного спасенья!

***
真っ暗闇の中で
霊(たましい)は哀れ
地上で
救いの機会があったのに!

Больно за души
В кромешной мгле:
Была ведь возможность –
Спастись на Земле!

***
もう救われたと
と思う者、実際
滅び行くこと
思いも寄らない!

Кто думает,
Что он уже спасен,
Даже не ведает –
Что погибает он!

***
悔い改める
人だけ
とこしえ
救いを得る!

Лишь тот,
Кто кается –
Навек
Спасается!

***
行い全て
の結論付け
人の意見ではない
神しだい!

Любому делу
Может подвести итог
Не человеческое мнение,
А – Бог!

***
何世紀も経った…
何世紀もまた経っていく…
私たちはまだ
真ん中!

Прошли века…
Пройдут века…
Посередине –
Мы пока!

***
歴史は
回帰しないが、
しばしば
反復している!

История
Не возвращается.
Но то и дело –
Повторяется!

***
地上の栄光や
名誉
永遠には
無効

Земная слава
И почет
Совсем для Вечности –
Не в счет!

***
光線たちは時に
余りに啓発的
それはその全てがいかに
私たちに大事なのか分からせるため!

Лучинки
Слишком назидательны подчас –
Чтоб дать понять,
Как это важно всё для нас!

***
罪を滅ぼすのは
痛悔!
その後、落胆(らくたん)の居所は
ない!

Покаяние
Уничтожает грех!
И после для унынья места –
Нет!

***
地上の全ては過ぎ行き
過ぎ去り
この世の後に待つものばかり
永遠なり

Всё на Земле проходит
И пройдет…
Вечно лишь то –
Что после жизни ждет!

***
神への道、
それは
逸(そ)れては
いけない小道!

Дорога к Богу –
Это путь,
С которого
Нельзя свернуть!

***
全てを持つ者が
豊かなわけではない
神において富む者が
豊かなのだ!

Богат не тот,
Кто всё имеет,
А тот –
Кто в Бога богатеет!

***
神に心を
捧げる者は
救いを
無駄に待つわけではない!

Кто Богу сердце
Отдает -
Спасенья
Не напрасно ждет!

***
この世があり続ける事を
これほど願っているのに
嗚呼(ああ)、ただ永遠の生命を
尊べば良いのに!

Как хочется,
Чтоб мир и дальше жил,
Но только –
Вечной жизнью дорожил!

***
この世があり続ける事を
これほど願っているのに
嗚呼(ああ)、ただ救いへと
急げばよいのに!

Как хочется,
Чтоб мир и дальше жил,
Но только –
Ко спасению спешил!

***
この人生では多くが重要、
何れにしても
救いより重要なものは
なかろう!

Многое в этой жизни очень важно,
Но –
Нет ничего важней спасенья
Всё равно!

***
「永遠に救われるように
生きたい!」
「何があなたを邪魔するのか?
痛悔し、祈りなさい!」

«Мечтаю так прожить -
Чтобы навек спастись!»
«А что тебе мешает?
Кайся, и молись!»

***
「永遠に救われるように
生きたい!」
「では、教会に急ぎなさい!
痛悔し、祈りなさい!」

«Мечтаю так прожить -
Чтобы навек спастись!»
«Тогда – скорее в церковь!
Кайся, и молись!»

***
各人は
ただ
永遠の救いを獲るために
生きるべきなのに!

Жить должен
Каждый человек -
Лишь
Для спасения навек!

***
神と霊(たましい)!
罪なく生きたいと
かくも望んでいる
敬虔(けいけん)の霊(たましい)!

Бог и душа!
Как хочет, не греша,
Прожить –
Благочестивая душа!

***
神と霊(たましい)!
罪なく生きたいと
霊(たましい)は望んでいるが、
ただ罪を犯して、また痛悔しているのだ!

Бог и душа!
Жить хочет не греша,
Только грешит и кается
Душа!

***
霊(たましい)と神!
もし神なくば、
一体誰かが
永遠の救いを獲るのか?!

Душа и Бог!
О, разве кто-то смог
Спастись навечно,
Если бы не Бог?!

***
どれだけ痛悔を大切に
すべきか!
罪を犯さずに
生きるのは不可能だから…

Как покаяньем нужно
Дорожить!
Ведь невозможно –
Жить и не грешить…

***
人は
痛悔する限りは
罪を犯しても
救われる

Пока человек
Кается,
Хоть и грешит, -
Спасается!

***
義人すら
大苦(たいく)によって救われるなら
全く痛悔しない者に
何が待っているのか?

Если и праведник
С большим трудом спасается,
То что же ждет того -
Кто вовсе не покается?!

***
永遠を常に
胸に抱けば、
永遠のために
生きるはずなのに!

Если б о вечном
Люди помнили всегда,
То жили бы –
Для Вечности тогда!

***
永遠を
ど忘れ
いつも
軽率へ

Забвение
О Вечности –
Всегда ведет
К беспечности!

***
神の忘却(ぼうきゃく)
嗚呼(ああ)、永久に
大勢を滅ぼした
悪逆(あくぎゃく)!

Забвение о Боге –
Вот беда,
Что многих погубила
Навсегда!..

***
神についての
不変の記憶
大勢を、結局、
救いに導いた

Память постоянная
О Боге –
Многим помогла
Спастись в итоге!

***
良心の声
もう脅しかけている
「人よ、痛悔せよ、
手遅れにならないよう」

Глас совести
Уже вещает людям грозно:
«Покайся, человек,
Пока еще не поздно!»

***
「痛悔せよ!」「まだ間に合うさ!」
「もしそうでなく
しかも暗闇がより早く
光と交代したなら?!」

«Покайся!» - «Успею!»
«А если нет,
И тьма раньше времени
Сменит свет?!»

***
承知の通り
誰もが知る
しかし、一人一人
それを理解しているのか?

Время неумолимо –
Всякий знает,
Но каждый только это –
Понимает?..

***
霊(たましい)が救われたと
悟る時
ただ神と
永遠にいる時

Душа поймет, что спасена –
Тогда,
Когда лишь с Богом будет
Навсегда!

***
救いへの道
嗚呼(ああ)、いつも辛い
しかし、踏破(とうは)した者は
決して後悔しない

Путь ко спасению
Увы, тяжелым был всегда…
Но кто прошел его, -
Не пожалеет никогда!

***
救いへの道
辛い
けれど、神から
神への道!

Трудна к спасению
Дорога…
Зато – от Бога
И – до Бога!

***
幸いなのは
永遠に救われた者!
その時までは
ひたすら救いへの途上…

Счастлив тот,
Кто навсегда спасен!
До этого –
Лишь на пути к спасенью он…

 

修道士ワルナワ・サニン
修道士ワルナワ・サニン 『新しい光線たちの詩集より』
修道士ワルナワの作品・翻訳は、どなたでもご自由に引用できます。
ただし、引用の際には、必ず著者の名前をご記載下さい。

Монах Варнава Санин, из сборника <Новые лучинки>.
Цитировать произведения или перевод работ монаха Варнавы Санина может каждый при указании имени автора.