■2024年1月 読書と信仰 10 銀河鉄道の恋人たち

人は必ず愛する者に別れて生きてゆかなけりゃな
らんようになるもんだ。そのおごそかな離別の時
間に生きてゆく者と死へ移っていった者とが、共
にあの銀河を旅行するんだ。銀河鉄道にのって。
あの詩人が、宗教的ともいう四次元幻想世界に託
したところの……(沈黙する)
(大橋喜一「銀河鉄道の恋人たち」『大橋喜一戯曲集』)

 宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をモチーフに書かれた作品が、舞台となってよみがえり、戯曲集となって生まれました。
 レコード店員のとし江がジョバンニ、印刷工の五郎がカムパネルラです。
 おそらく皆さんの手には入らないこの戯曲集は、わたしの手もとにあります。
でもその本は、ほつれてバラバラです。
 大橋喜一作「ゼロの記録」の上演台本を作成するため、本をばらしてガリ切りし、謄写版で印刷したからです。
 その作業のあわただしさがわかるのは、あるページにだれかが、まちがって踏みつけた黒い靴跡があるからです。
当時、新しい戯曲集を購入しようかとも思いましたが、その踏み跡がみょうに生なましく……五郎がじぶんのことを「原爆孤児」を知られぬよう生きてきた、切ない告白に重なって、とうとう棄てられなくなってしまいました。

とし江  ……五郎さん。
五郎   え……
とし江  (間)……あんた、孤児じゃけん、
     結婚もせん……人間も愛さんと、考えたの?
五郎   ……
とし江  ……信用でけん人間より、宇宙の、
     永遠の星を愛しよう……ほんまに、
     そう思うたん。
   間
五郎   (大きく呼吸する)ぼくは、愛いうもんを
     知らんかった。……やせがまんじゃ、
     やせがまんしとった。……そのことを、
     あんたに会うて、とし江ちゃん!
     (深く息をする)ぼくはわかったんじゃ、
     人間のしあわせというものを――

 この劇作を読んで、わたしは原民喜の散文詩「夜明け」を思いだしていました。

おまへはベツトの上に坐りなほつて、すなほになろう、
まことにかへろうと一心に夜あけの姿に祈りさけぶのか。
窓の外がだんだん明るんで、ものゝ姿が少しづつはつき
りしてくることだけでも、おまへの祈りはかなへられて
ゐるのではないか。しづかな、やさしいあまりにも美し
い時の呼吸づかひをじつと身うちに感じながら。

 放射能汚染によるさまざまな症状を、ひとは原爆病、原爆症とこともなげに、他人事としていい表します。
でも一人の少女が、青年の生きる痛みを、全身全霊でうけとめました。
 滅びゆくからだを、健全であろうと生きるこころと精神をささえきれない青年を、ともに生きることで祈りとした、ひとりの人間。
 たましいの叫びに一心にけん命に応え、いっしょに祈ったのが少女でした。
 作者は、自殺をはかった少女が命をつなぎとめ、蘇生する場面で芝居を閉じています。いくたび読んでも、胸の奥が哭いてしまいます。

(長司祭パウェル及川信)

+『大橋喜一戯曲集』テアトロ、1976年
 定本『原民喜全集1』青土社、1978年
 このコーナーで取り上げる書籍、絶版や入手困難な本もあると思います。
 ご寛宥ください。