■2020年3月 人間の体シリーズ 頬(ほお)

■2020年3月 人間の体シリーズ 頬(ほお)

あなたの頬を打つ者には、
もう一方の頬をも向けなさい。

なんじの頬を打つ者には、
他の頬をも向けよ。
(ルカ福音書6:29)

山上の垂訓(すいくん)、真福詞、真福九端につづいて語られることの多い、よく知られているイイススの言葉です。

でもわたしたちは、この言葉の真意の遠いところにいます。正直、実践の難しい、僻地(へきち)にわたしたちは住んでいると感じています。

聖使徒パウェルは、こう語ります。

実にハリストス(キリスト)はわたしたちの平和であります。
二つのものを一つにし、ご自分の肉において敵意という隔ての壁を
取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうして
ハリストスは、双方をご自分において一人の新しい人に造り上げて
平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、
十字架によって敵意を滅ぼされました。
(エフェソ2:14〜16)

わたしたちが頬を向けるとき、孤独ではありません。イイススがいっしょに、その頬をさし出れています。

わたしたちが理不尽な扱いを受け、時に苦しみ悩み、身もだえしているとき、イイススはいっしょにその負い目を受けておられます。

自分ひとりが頬を打たれているのではなく、イイススもごいっしょです。

あらゆる敵意と悪意は、イイススの受難の十字架によって、その存在を失いました。

あたかも暗黒の非常に大きな力を持つように見えるものが、ほんとうは力のない、空疎な幻想であることが明示されました。

主の十字架がわたしの、あなたの、わたしたちの隔ての垣根を破壊したとき、善悪を知る木が芽生え、さらに生命(いのち)の木が実を結びはじめます。

十字架の果実を共に食べるわたしたちを、イイススが一人の新しい人間に創造なさいます。

ここにわたしたちの新たなる一歩があります。

新たに生きる方角へ、進路へ、打たれて傷ついていないもう片方の頬を向けましょう。わたしといっしょに、イイススと共にその頬を向けましょう。

向けた頬には復活の光が照らされていることでしょう。

(長司祭 パウェル 及川 信)