アウラアム(アブラハム)はすぐに天幕の入り口から 走り出て迎え、地にひれ伏して言った。 「お客様、よろしければ、どうか、 僕のもとを通り過ぎないでください。 水を少々持ってこさせますから、足を洗って、 木陰でひと休みなさってください。 何か召し上がるものをととのえさせますので、 疲れをいやしてから、お出かけになってください。 せっかく僕の所の近くをお通りになったのですから」 その人たちは言った。 「では、お言葉どおりにしましょう」 (旧約聖書「創世記」18章参照)
日曜日、夕方6時半、テレビの漫画「サザエさん」。
お客さんが帰るとカツオくんやわかめちゃんが歓声を上げます。
お客さんが食べ残した、出前のお寿司やお土産のお菓子が子どもの所に回ってくるかもしれないからです。
じつはわたしが育った北海道、釧路の及川家でも「お客様」は非常に特別な存在でした。わたしにはカツオくんの喜びようは、別の意味で身に染みてわかります。わたしは子どもの頃、日本茶を飲んだ記憶がありません。
でもお客様は日本茶・煎茶を飲んでいました。毎食後、昔の我が家では、ご飯を食べた後、お茶碗にお湯を注いで飲んでいました。お湯は何杯飲んでも良いのです。ですから子どもの頃は、ご飯を食べたらお茶碗で「お湯を飲む」と信じていました。
ある日友人の家にお泊まりで行きましたら、夕食後にお茶が出てびっくり!
わたしはおずおずと「すみません」と、ご飯を食べ終わったお茶碗を差し出して言いました。
「お湯ください」
友だちのご両親がびっくりしていました。
さて聖書にはお客様、旅人の話がたくさん出て来ます。
あの有名な名画、三人の天使を描いた聖アンドレイ・ルブリョフの「至聖三者」聖像は、聖なるアウラアム(アブラハム)が旅人であるお客様をもてなす話です(上掲のイコン「至聖三者」三人の天使、三人の旅人です)。
新約聖書「福音書」での救い主イイススも、たびたび客になってもてなされています。客の饗応(もてなし)は、裕福な者にとっても、一般庶民にとってもその人や家庭の心映えが見てとれる、重要な時間でした。
当時の庶民は、たいてい自分の家に小さな竈(かまど)を持っていて、パンを焼き、煮炊きして料理を出しました。いろいろな雑穀の入ったパンや焼き菓子のほか、そら豆・レンズ豆などの豆類、高価な肉としては牛や羊、庶民は鶏肉や卵、魚、チーズなどの乳製品、オリーブなどを使用した料理・加工品、蜂蜜、干した果実や干し肉等々、意外にバラエティに富んだ料理が客に出されました。お酒は葡萄酒以外に、ざくろ・いちじく・なつめのお酒もあれば、エジプトのピラミッドを造る労働者も飲んだというビールも人気がありました。
さて問題は、じつはもてなされる客の態度にありました。
客をもてなす家では、客が夕食(ディナー)を食べ終わるまで、別室(別室がない場合には子どもは外で遊んだりして)、食事をせずにいます。あくまでもお客優先で、お客が食べる前に、あるいはお客と一緒の食事は、原則ありえないマナーだったと言われています。
お客さんが食べ終わるまで静かに待ちます。
一般庶民は、めったに肉料理を出しません。お客様は特別扱いです。するとお客は、おなかをすかせて待っている子どもや家族のために、わざと特に肉料理をはじめとするお客専用の特別料理を残します。これがマナーです。
何気なく、恩着せがましくない、「きれいさっぱり食べ残す」、これが客のマナーです。お客が帰るか、客室に下がってから家族が安心して、客の残した特別料理を食べ始めます。これは砂漠や荒野を生活の場とする遊牧民の知恵であったと言われています。
十字架接吻の後に、聖パンが振る舞われるのは、その名残かもしれません。神様を訪ねてきた人を「空腹で帰らせてはならない」。
正教会、オーソドックス・チャーチの聖体機密が聖パンと赤葡萄酒が基本であり、十字架接吻の後、聖パンを分け隔て無くふるまうのは、神様の温かな心を顕わしているのだと思います。
(長司祭 パウェル 及川 信)