「あなたの神さまってどんな神さまですか。」
青年は笑ひながら云いました。
「ぼくほんたうはよく知りません。けれどもそんな
んでなしにほんたうのたった一人の神さまです。」
「ほんたうの神さまはもちろんたった一人です。」
「あゝ、そんなんでなしにたったひとりのほんたう
のほんたうの神さまです。」
「だからさうぢゃありませんか。わたくしはあなた
方がいまにそのほんたうの神さまの前にわたくした
ちとお会ひになることを祈ります。」
(宮沢賢治「ジョバンニの切符」『銀河鉄道の夜』)
光原社という社名、宮沢賢治が名づけ親です。
『注文の多い料理店』を光原社から出版した及川四郎は、親戚になります。
父ペトル及川淳師にきいた話では、岩手県の実家の縁側に、『注文の多い料理店』と詩集『春と修羅』が、無雑作に山となっていたそうです。
小学校の校長先生であった祖父がみかねて、光原社の倉庫にねむっていた本を少し、買いとったのではないか、そう言ってました。
おフロあがりのときなど寝るまえに、祖父は子どもたちに、賢治の童話や詩の読み聞かせをしていたそうです。
祖父は幼いころ、郷里では神童とよばれ、たいへんな読書家であったという昔話をよくしていたのは、祖母でした。
よほど夫を愛していたのでしょう。
「本好きの血をひいたのは、信、おまえだね」
祖母がそういっていました。
わたしは父にいいました。
「ああ、お父さん、その初版本がほしいのに。なんでもらわなかったの」
そういうと、ひと言、
「興味、なかったからな」
あっさりいわれてしまいました。父らしいと思いました。
話をきいて、教科書で読んだ「オツベルと象」、あるいは詩「永訣の朝」などを思いだし、おなじ岩手県出身の物語作家、詩人、宮沢賢治がきゅうに身近に感じられました。
釧路市立図書館に十字屋書店と筑摩書房の全集があり、一冊一冊、一篇一篇けん命に読んだ記憶があります。
凝り性のわたしはさらに、筑摩書房版の新修 宮沢賢治全集をもとめてそろえ、とにかく読みました。
賢治のいう「たったひとりのほんたうの神さま」とは、だれなのでしょう。
それを追い求めた賢治は、その神さまのもとに、無事たどり着けたのでしょうか。
ひとの人生の意味、ほんとうの幸せ、食べること、お金の価値、働くとはどういうことか……そして生と死、生きることの真実を追いもとめた賢治。
わたしには想像もつかない、神秘的で深遠な旅を賢治がしている、そう体感しました。
「銀河鉄道の夜」という遡及性と、未来への伸張力と創造性、そして感動を呼び覚ます物語は、翌月に紹介する作品に、結びついていくのです。
あゝそのときでした。見えない天の川のずうっと
川下に青や橙やもうあらゆる光でちりばめられた
十字架がまるで一本の木といふ風に川の中から立
ってかゞやきその上に青じろい雲がまるい環にな
って後光のやうにかかってゐるのでした。汽車の
なかがまるでざわざわしました。みんなあの北の
十字のやうにまっすぐに立ってお祈りをはじめま
した。
そして見てゐるとみんなはつゝつましく列を組ん
であの十字架の前の天の川のなぎさにひざまづい
てゐました。そしてその見えない天の川の水をわ
たってひとりの神々しい白いきものの人が手をの
ばしてこっちへ来るのを二人は見ました。
(長司祭パウェル及川信)
+宮沢賢治「銀河鉄道の夜」
新修 宮沢賢治全集 第12巻、筑摩書房、1980年(初版)
このコーナーで取り上げる書籍、絶版や入手困難な本もあると思います。
ご寛宥ください。