実は、クリスにも読めてきたのである。ドリスと
スーザンには夢ってものがまるでない。しかし、
それもまさしくこの不幸な時代のせいなのだ……!
クリスは身の引きしまる思いがした。うむ、大仕
事だぞ! ドリス親子がサンタクロースを信じる
ようになれば、希望はまだある。ふたりを変えら
れないのなら、サンタクロースの負け。というよ
り、サンタクロースによって象徴されるすべての
もの、善いものが敗北を喫することになるのだ。
「ウォーカーさん、ここ五十年ほど、クリスマス
のことでは頭を痛めてきたんですよ。人間は、人
を出し抜くことばかり考えている。もっと早く、
もっとかっこよく、もっと楽に。そういうことで
頭がいっぱいだ。おかげで、クリスマスもわたし
もどんどん影が薄くなり―」
「そんなことないわ。今だって、クリスマスはち
ゃんと存在していますもの」
クリスはかぶりを振った。
「いいや、クリスマスはカレンダーの日付とは別
のものです。クリスマスは〈心〉ですよ。そこの
ところが変わってきている。ですから、こちらで
仕事ができるのは、まことにうれしい。どうやら
ひと仕事できそうですからね」
ドリスは、いつになく心を打たれた。そして、ひ
そかに思った。このおじいさん、好きだわ。ちょ
っぴり頭は変だけれど……。(『34丁目の奇跡』)
まるっこくてからだが大きく、のっそりしていながら、ひょうきんな動き、
白ヒゲがたわわにたくわえられ、えんじ色の服、つえをついている。
トナカイをつないだソリに乗るときには、手にもつムチがしなやかに律動し、
ヒューーンパシッみごとな音が鳴り、白いふさのついた赤い帽子が、寒風
になびく。
きくと安心するゆたかな声、やさしいまなざし、ユーモアあふれる笑顔。
サンタクロースのイメージです。
時代をへてつくられたイメージは、夢を追いながら、遠く日本へも伝えられ
てきました。
夢や憧れの喪失してしまった世の中は、つまらないものだと思いませんか。
正しい数字をきちんとおさめなければ解けない方程式のような人生。
そういう人生があるのでしょうか。
人生の選択肢は無限にあります。
想定内の人生……その想定された、予定される人生って何なのでしょう。、
煙突がなくたって、防犯システムのととのったビルや建物が普及したって、
サンタクロースは侵入してきます。
贈りものをもって。
サンタクロースは、形式やシステム、確定された枠内の捕虜(とりこ)では
ありません。
信じる人は強靱(つよく)なり、疑う人は弱くなります。
サンタクロースは、希望の象徴なのかもしれません。
贈りびとはだれでも、サンタクロースになれるのです。
「つまり、ぼくを信じられないってことだね?」
「信じてるわよ! だけど―」
「いや、信じてない。心からはね。きみは現実派だ。
証拠がないかぎり、なにも信じないんだ」
「あなたを信じるかどうかの問題じゃないわ。クリ
ングルさんの弁護で、勝てるわけがないって言って
るの。常識よ!」
フレッドは立ちあがった。
「信じる気持ちは常識を超えるはずだ。きみって常
識をすてられない人なんだ!」
「わたしだけも常識を忘れてなくて、よかったわ!
常識は役に立つんですから」
「ねえ、ドリス。なにを恐れてる? なぜクリスの
ような人を信じる気になれない? この世には、目
に見えない善いものがいっぱいある。愛とか、喜び
とか、幸せとか―そういうものを、もっと信じよう
じゃないか!」(『34丁目の奇跡』)
(長司祭パウェル及川信)
+ヴァレンタイン・デイヴィス片岡しのぶ訳
『34丁目の奇跡』Miracle on 34th Street
あすなろ書房2002年初版
映画1947年上映アメリカ(原題:MIRACLE ON 34th STREET)
監督ジョージ・シートン制作:20世紀フォックス
アカデミー賞3部門受賞助演男優賞・脚本賞(脚色)・脚本賞(原案)
出演:モーリン・オハラ、ジョン・ペイン、エドマンド・グウェン、
ジーン・ロックハート、ナタリー・ウッド他
このコーナーで取り上げる書籍、絶版や入手困難な本もあると思います。
ご寛宥ください。