■2020年12月 人間の体シリーズ 手 1

■2020年12月 人間の体シリーズ 手 1

ご覧ください。わたしたちはいま
あなたの手の中にあります。
あなたが良いと見なし、正しいと
見なされることをなさってください。
(旧約聖書「ヨシュア記」9:25)

 孤掌(こしょう)鳴らしがたし、という言葉があります。
かた手だけでは、手拍子を打つことができない、という意味ですが、転じて、独りでは何もできないことを表す格言となりました。
神がさし伸べてくださる手は、孤掌、かた手でしょうか。
両手なのではないでしょうか。
両手で温かく抱きしめてくださるのではないでしょうか。
神がさし伸べてくださる手は、握手ではないでしょうか。
それも、人と人とをつなぐ時、その間に立ち、天秤のように、左右両手で人をつなぐ神の手なのではないでしょうか。
どんな時、どんな境遇にあっても、さし伸べた手を、神が人から手放すことはありません。離さない手、結んだ手が、神の手ではないでしょうか。
「幸せなら手をたたこう」(きむら りひと作詞)は、こう歌います。
幸せなら 態度で しめそうよ
ほら みんなで 手をつなごう
神が手をさし伸べてくださったので、わたしたちはゆるされます。
神が手をさし伸べてくださっているので、わたしたちは人として生きています。
神がその手をさし伸べてくださっているいま、わたしたちは希望と勇気をもち、不屈のこころに満たされ、救われます。
独り、孤独なのではなく、人と共に、神と共にいます。
神の手のぬくもりは、信仰者をいつも幸福にします。
わたしたちが見つめる手、わたしたちの手は、神の掌中にあるのです。

(長司祭 パウェル 及川 信)